
一方、大企業を始め既にビジネスの柱が出来上がっている企業で何かイノベーション的技術に挑戦する際、なかなか研究開発費も人員も割けてもらえず、やむを得ず表向きのテーマの陰で少数の人員で秘かに挑戦を続けるということはままある。
その一部が日の目を見るとプロジェクトXのような評価を与えられることがあるのは、現実の知恵という面もあるのだろう。
最近、目を通した元東大地震研の上田先生という名誉教授の講演録に、これとは一寸意味合いの違う地震予知研究の表と裏の状況が説明されていた。
元々この先生は、「地震予知」にお金を使うのは馬鹿げていると思い、もっぱら別な研究をしてきたが、定年間近になって翻然と地震予知は出来るかもしれないと思うに至ったという。
日本の地震予知計画は、地震観測網を充実しなければいけないということから始まり、それを熱心に実行している間にそれが主な仕事になってしまい、予知という本来の目的を見失ってきたらしい。
地震観測では起こった地震のことはわかるが、これから起こる地震のことはそう分かるわけはない。
そんなことは、始めから分かっていたはずなのに、地震観測だけがとどまるところがない大事業になってしまったという。
これは、考えてみると、特に官公の世界でよく見られる現象である。
そのうち、あの阪神大地震が起こり、勿論予知はされなかったので、特に「短期地震予知は当面不可能」ということになり、その研究すら放棄されてしまったという。
国民の安心・安全に関わる国の方針にこの重大な変化があったことを国民の我々は皆知らないでいる。
「今でも、日本は地震短期・直前予知の研究を一生懸命やっている」と思っていたが、実はやっていないとは正直知らなかった。
「短期予知は出来るに違いない」との立場に立ち返って、意味のある前兆現象は地震計だけをいくら並べても見つからなかったし、なかなか見つかりそうにないという長い経験も踏まえ、「前兆現象は地震以外の現象に見られるのではないか」という可能性を探る、言わば科学の常道を進めようとしているとのこと。
これには、なにかまるで新しいサイエンスをというのではなく、虚心坦懐、始めから分かっていることに戻る、科学の論理に戻る、この「イノベーション」が必要であろうという話には、一般のビジネスでのチャレンジにも通じるのではないだろうか。