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お盆休みに入り、一寸仕事を離れ、映画を見たり本を開いたりしている人も多いのではないだろうか。
こういう時は、やはり歴史物ということで、三国志の本を覗いてみた。

ご存知のように、中国の後漢末期190~280年頃の100年近くに渡る時代で、多くの超一流の英雄たちが登場しているが、敗北をものともしない打たれ強さが共通にある。結局、曹操の魏、孫権の呉、劉備の蜀の三国となるが、偉大な初代とは似ても似つかぬ子孫の代であいつぎ滅亡してしまう。
この中で、劉備をとりあげると、何とも言えぬ人間的魅力があったようで、謙虚な人柄で人によくへりくだり、口数少なく、喜怒哀楽を表に出すことがなかったという。総じて、決してシャープではないが、信頼感を抱かせる人物だったらしい。関羽や張飛といった、並みのリーダーには抑えきれない荒くれ武者が、劉備のために死力を尽くしたのも、その人柄の魅力だろう。中心に存在するだけで、別にこれといった指示を与えたり、リーダーシップを発揮したりするわけでもないのに、なぜか周囲の人物を奮起させ、輝かせる不思議な力があったと思われる。
現在の米国式経営手法から見ると、強烈な個性を持ち切れ味鋭い頭脳の冴えを見せる曹操のほうが理想像に近いかもしれないが、劉備は自らの至らないところを、優秀な人材スカウトで補強している。特に最大の悩みが、大局を見渡し、戦略を立てるブレーンが存在しなかったので、「三顧の礼」で有名な諸葛亮の住居に足を運び、辞を低くしてようやく3度目に会えてスカウトに成功している。このとき、諸葛亮は有名な「天下三分の計」を説き起こしている。
劉備の死後、長男の劉禅が即位し、諸葛亮はこの暗愚な二代目を補佐し、宿願の魏との戦いに踏み切り、真情あふれた名文で有名な出陣決意表明書「出師(すいし)の表」の中でも、「三顧の礼」で自分を迎えてくれた劉備に対し深い感謝を述べている。

日頃、ビジネス流儀に慣れていても何か底の浅さを感じることがあり、もっと人間の奥深くに立ち入った真情、人間の器量の育成とも言うべきものを大事にすべきではないかと思う。