
「おれなどは、生来人が悪いからちゃんと世間の相場を踏んでいるよ。上がった相場も、いつか下がる時もあるし、下がった相場も、いつかは上がる時があるものさ。その上り下りの時間も、長くて10年はかからないよ。それだから、自分の相場が下落したと見たら、じっとかがんでいれば、しばらくするとまた上がってくるものだ。大奸物大逆人の勝麟太郎も、今では伯爵勝安芳様だからのう。しかし、今はこの通り威張っていても、またしばらくすると耄碌してしまって、唾の一つもはきかけてくれる人もないようになるだろうよ。世間の相場は、まあこんなものさ。その上り下り10年間の辛抱の出来る人は、すなわち大豪傑だ。おれなども現にその一人だよ。おれはずるい奴だろう。横着だろう。しかしそう急いでも仕方がないから、寝ころんで待つのが第一さ。西洋人などの辛抱強くて気長いには感心するよ。
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全体大きな人物というものは、そんなに早くあらわれるものではないよ。通例は100年の後だ。今一層大きな人物になると、200年か300年の後だ。それもあらわれるといったところで、今のように自叙伝の力や、何かによってあらわれるのではない。2,300年もたつと、丁度その位大きい人物が、再び出るんじゃ、そやつがあとさきのことを考えて見ているうちに、2,300年も前に、丁度自分の意見と同じ意見を持っていた人を見出すんじゃ。そこでそやつが驚いて、成る程偉い人間がいたな。2,300年も前に、今、自分が抱いている意見と同じ意見を抱いていたな、これは感心な人物だと、騒ぎ出すようになって、それで世に知れてくるのだよ。知己を千載の下に待つというのはこの事さ。・・・・・・」
最近のマスコミや政治家の、人に対する浮ついた評価・コメントを耳にすると、勝海舟の西郷隆盛や坂本竜馬に対する評価を引き合いに出すわけではありませんが、人物を見極める、目利きの力が何事にも大事なことと改めて感じています。