北京に来て初めて恋人契約しようとした娘の話です。

今は無き華都飯店の舞姫というスケベ日式カラオケの娘でハルピン出身ですらっと背の高いかわいい娘でした。

初めてのスケベカラオケで、中国語ほとんど勉強してなかった私は言葉は全く通じませんでしたが、すぐに意気投合しました。 この娘が恋人なら楽しそうだなと感じました。


 当時、中国語で一時間という単語も分らなかったのですが、電子辞書と筆談でコミュニケーションをとっていました。彼女はいつも他の二人の友達と一緒で、そのうち一人が英語ができるので、よく4人でご飯を食べにいっていました。 彼女と最初は華都飯店に部屋を取って会っていましたが、そのうちに隣の如家快捷酒店が安いのでそちらでよくあっていました。 いつも他の二人も部屋にやってきて、3人で同じベッドで休んだりしました。 ちろんそれ以上のこと(4Pなど)はするはずもなく、彼女のお客(もしかしたら恋人)としての対応をしてくれていました。 当時4人での、そのような奇妙な関係が面白くてたまりませんでした。 もちろん、スケベ店でしたので私以外の客(または恋人)がいる可能性が高いことは分かっていましたし、また多くの娘が客からどれだけ多くのお金を巻き上げようとしているかの情報も知っていました。ただ、彼女がそのような娘に該当するのかわからなかったので、進行状況をみながら関係を深めていこうと思いました。


 当時、もうすぐ日本から家族がやってこようかというタイミングでしたが、彼女らの最も気にしている「家族は北京にいるのか?」との質問にはNoと答えました。 それでは、私が北京の妻になってあげるということで、私のことを老公と呼んでいました。 今では、いきなり老公と呼ばれることはありえないと思いますが、当時は老公のニュアンスが全くわかりませんでしたので、そのようなものかと思っていました。


 彼女らの生態?については事前情報があり、虎穴に入らずんば虎児を得ずと思っていたので、本当のことを知るためには、ある程度の投資はやむを得ずと考え彼女の要求に従ってみようと思っていました。 最初の要求は、まずは指輪でした。 確かに北京妻なら指輪くらい当然だろうと考え買ってあげることにしました。 燕莎友谊商场で買うことにしましたが当然二人の友達も(通訳のため)一緒についてきて、あれやこれや悩んだあげく純金の指輪を書くことになりました。たしか三千元した記憶があります。

 

 何週間かして、さらにネックレスの要求が出ました。私の初期投資金額のリミットがそのあたりにあったということと、確かに北京妻なら仕方ないという考えがあったので買ってあげることにしました。 ただし、これまで収集している情報と同じストーリーになりつつなったので、次の要求内容によっては手じまいを考えようと思いましたがまずはここまでは出すと決めました。 ここまでの金額総計は十数万円ですが、日本でこのような駆け引きありの愛人契約遊びをしようと思ったらこの金額ではとてもできません。 


 さらに次の要求についてのは、回をあらためまして。。