誕生日に結婚して

記念日が重なる日に

 

昨年で結婚40周年でした

 

今年は一緒に歳を重ねるはずだった主人が

形を失くしてしまったので

寂しい誕生日

 

…で終わるはずが

 

墓じまいを予定しており

御住職に日程をご相談したところ

 

私の誕生日を選ばれました

 

御住職は私の誕生日を知らない

参列する姉妹も

予定が調節できる日ということで決定

 

墓じまいは個人のお墓を閉じて壊し

同じお寺の永代供養墓に

遺骨を納骨

 

納骨堂の横に~家先祖代々とその日の日付の記載

 

私の誕生日

新たなメモリアル

 

墓じまいに伴い

仏壇と位牌も手放しました

 

一つ一つ

片付けて

少しづつ

身軽に

 

 

大手メーカーはエリア外

3社から査定していただけるだけで

充分チャンスを頂いたと思っていたのですが

 

仲のい良いご近所さんに

実家売却動き出して

一斉査定申し込んだ事

既に1社現地査定して頂いて

パワフルな営業マンさんだった事

初めての事でよくわからない事を話したら

 

出来るだけ沢山話を聞いて納得して動けたら良いね!

とエールを貰い

そう云えば

丁度その家のお隣さんが今空き家になっていて

来てる不動産屋さん感じが良いよ

後で頂いている名刺見せるね~♪

と言って頂いた

 

程なくその人から名刺画像が送られてきて

隣の空き家の買い手がついたか気になって電話したついでに

私から電話が掛かって来たらよろしくと言っておいたからね

のメッセージ付き

 

地元の会社で工場や調整区域も扱って来たとのお話

 

これも御縁だと思って電話をかけると

ご近所さんから伺ってますと穏やかなトーンで対応して下さり

 

D社にも査定をお願いすることになりました

 

きっと実際に取引が出来たとしても1社だけなのに

無料査定を4社にもお願い出来て

私の為に動いて下さること

ありがたいよね

 

無駄足を踏ませてしまう3社の方には申し訳無いのですが

感謝しております。

 

良い取引が出来ように~♪

一斉査定申し込みの次の日

早速A社の現地査定

 

A社の担当の方

絵に描いたような「ザ・営業マン」

にこやかで明るくはきはきと

滑らかにスムーズなトーク

 

普段人にあまり会わないので・・・

パワーに圧倒されてしまいました

 

既に資料を作成してくださり

 

路線価格から~

一番近い場所の販売実績資料

 

お客様が不動産会社を選ぶのは

大手メーカーの信頼感

地元の信用

最初に話を聞いた会社などが多いそうで

 

だからこそ

A社の担当の方の速攻行動だったのね

 

会社によって物件販売は全然違うということで

相見積書なので他の会社さんに会ってから

また連絡しますとなりました

 

初めての事で

何が解らないかもわからない状態

 

勉強しなければ‼

 

出来れば今年中にけりを着けたいと思っていたけれど

 

慌てる乞食は貰いが少ない

 

そんな言葉が頭をよぎります

 

まずは 他の会社と会ってから~♪

主人が亡くなって事業を辞めて

今までの作業場と元私の実家の母屋

 

少しでも身軽になる為に手放したい!!

 

でもね・・・田舎の調整区域内に建つ築50年雨漏りする一軒家

税金は課税されているのに未登録のスレート鉄筋2階建ての作業場

 

よくCMで見るような大手メーカーさんからはエリア外

 

先日の10月1日は今年最後の最強開運日との事

 

此処で動かなければ…と一斉査定のできるサイトに申し込み

 

サイトでは4社紹介してくれましたが

実際に連絡をくれたのは3社

同じ県内で少し離れた会社のA

自宅のある行政の会社B

売りたい母屋のある行政の会社C

 

A社 査定登録して直ぐに電話連絡をくれた会社

   現地査定も10月2日と速攻でした

 

A社と電話中に0120の同じ番号2回、080の番号1回の着信があり

 

まずは0120の2回かけてくれた番号に折り返し事務所の方とお話ししたB社

後程担当者から連絡して日程を決める約束

 

次に080の番号に折り返すとB社の担当の方でしたので6日の午前中にお会いします

 

程なくしてC社から電話があり最初は6日の午後にお会いしようかと思ったら

B社が終わったら電話をくれたらすぐに向かいますよ!!

そうしたら早く終わるでしょうから~♪とご配慮いただきました

 

 

親が亡くなって10年以上前に相続して私の名義

そこで仕事をしていたから毎日のように通っていたし

親の荷物はそのままで

かえって自分達の荷物も持ち込み物は溢れていた

 

以前はもう子供たちは誰も帰ってこないだろうから

今住んでいる家を手放し

のんびりと田舎色の濃い実家で暮らすつもりでしたが

バス停が近くにある住んでいる家なら車に乗れなくなっても便利だからと子供に言われ

老いては子に従えだよね!と方向転換

 

こんなに早く一人暮らしをする予定ではなかった

まだまだ心が揺れて何も手につかないし

やっと親の物は捨てられるようになったけれど

主人の影を感じるものは全部自宅に持って帰りたいし

あまりにも物がありすぎて

ちっとも片付けはできていないけれど

 

巡って来た事はしょうがない

 

初めての不動産売却

上手く行きます様に!!

 

主人は令和8年5月19日13時33分

 

時計を止めました

 

記録にちゃんと残そうと思っていたのだけれど…

 

まだ書ける精神状態にはなれませんでした

 

一度退院も出来て

 

「僕が一生守るつもりでいたのに

 この所守ってもらってばかりだな」

「今まで沢山ありがとう感謝してる」

ちゃんと聞き取れた最後の言葉は

「好き」

 

体調の急変は朝の9時で

最後は子供たちも間に合い両手を握って看取れた事

 

充分に出来すぎだから

 

一番残念なのは本人で

 

私はただ…ただ淋しい

 

高校生で付き合い始めて

途中離れていた時間もあったけれど

結婚して40年

自営業で一緒に仕事をしていたから

 

私が「だ~い好き!!」って言うと

「僕のほうが好きだもん!!」といつも返してくれた

 

私の一番の味方でいてくれた人だから

途方に暮れてしまう

 

それに伴い

二人でないと出来ない仕事でしたので

今までの仕事は廃業しました

 

でもね・・・

それだけ大切な人に出会えて

楽しい時間を沢山貰った事は感謝している

 

いつか…書けるかな?

病状を振り返るのは

今はまだ切なくなりすぎて無理でした

 

一人になってからも

色々あります。

 

書けるところから

ゆっくり綴ろう