わたしが育った地域では、まゆ毛が

 

かゆいと、誰か人が亡くなると言われて

 

います。

 

祖母は、「まゆ毛がかゆいなぁ、誰かが

 

死ぬのかな」と言いながら、その日の夜

 

祖母が亡くなりました。

 

母は、まゆ毛がかゆくなくても

 

妖気のアンテナのようなものが立つのだと

 

思います。

 

それこそゲゲゲの鬼太郎のように妖怪

 

アンテナがあって、何かに触れるとピンと

 

見えないアンテナが立って。

 

子どもの頃、そんな母がどこか怖いように

 

思った時がありました。

 

「あ、人が死ぬ」 とか 「あ、火がおきる」

 

「水が出る」とか、突然にそういう事を口に

 

するときの母の目は、黒目がどこか透けて

 

いるような感じで、いつもの母ではないように

 

思いました。

 

そして母は誰かに対して、強烈な怒りを

 

向ける時がありました。

 

母を怒らせると、決まってその人や

 

そこの家に何かが起きるのです。

 

そういうときわたしが見る夢は、何者かが

 

母に化けていて、本当の姿をみせたという

 

夢をみて、いつも怖くて目が覚めました。

 

いま母は、普通のおばあちゃんになり

 

あの先を見通すような黒目が透けてみえる

 

ということも、おかしなことを言うことも

 

なくなりました。

 

おとなしいおばあちゃんになりました。

 

母が怒ると、誰かに良くない事が起こり

 

また母が、誰かをさげすむと、母も

 

同じ体験を必ずするというのを目の当たり

 

にして育ったわたしは、そういうことは

 

してはいけないことなのだと、自然と

 

学びました。

 

誰かを可哀想だと憐れむと、必ず自分も

 

同じ思いを致します。

 

「知らぬなら、わからぬなら学べばよい」

 

母や、見えない誰かに教えられたものが

 

大きな基盤としてがあるようにおもいます。