「拒食症」と「過食症」両極端の症状が認められる
摂食障害は、男性よりも女性に多く発症します。自
分の外見を気にし始める思春期の女の子にも多く
見られます。

「やせたい願望」が高まって、過剰なダイエットや
運動に走ってしまう拒食症は、結果的に体重が極端
に減り、生理がこなくなるなど、様々な身体面の不
調をきたすようになります。  


一方の過食症は、極端に大量に食べ、いったん食べ
始めるとやめられず、過食と嘔吐おうとを繰り返す
症状になります。  

拒食症から、過食症へと転じるケースもあるので、
注意が必要です。  

摂食障害の患者は、自分が病気であると認識してい
ない場合が多い。

低栄養・低体重による危険性だけでなく、下剤や利
尿剤などの乱用の影響から、様々な体の不調が起き
て、死に至ることもある。親は注意が必要だ。

患者の頭の中は食べ物のことでいっぱいで、話を
聞いていても体重やカロリーの話ばかりになるが、
本質は隠れている心の悩みにある。その解決こそが
最大の課題となる。





A子さんは都内の中学2年生です。母親の勧めで、
母が卒業した私立の女子校に進学しました。

一人娘のために、両親からとても大切に育てられて
きたことが一目でわかりました。

温厚な性格の父親は、いつも仕事が忙しいため、
A子さんの教育方針など家庭内のことは、母親が
祖母と相談して決めていました。

生活態度はいたって真面目。勉強熱心で成績もよく、
先生にも気に入られている優等生でした。

部活は英語演劇部で、それも母親が勧めたことが
理由だったようです。

そんな彼女が大きく変わったのは中学1年の冬。
友達に何げなく「足、太いね」と言われ、それが
ショックだったようでした。

実際のA子さんは、決して太っているわけではなく、
標準体重の範囲内です。にもかかわらず、極端な
ダイエットをするようになりました。  

体重が増えることばかりを気にするあまり、口に
するのは、野菜やカロリーゼロのゼリーばかり。

通学時には電車に乗らず、2時間以上もかけて歩
くようにもなりました。  

半年後には、体重が10キロ近く減り、生理まで
止まってしまいました。  

急激に変わっていく娘の姿に、心配した母親がクリ
ニックに連れて来ました。  

診察の時、私がA子さんに問いかけても、母親が
代わりに答えてしまいます。本人に向けて質問す
ると、いちいち母親の顔色を見ながら「合ってい
るかな」と確認しながら返答していました。

そこで母親には退室してもらい、二人だけで話を
することにしました。  

やっと自分の考えで話すようになったA子さんは、
「本当は体重やカロリーなんか気にせずに生活し
たい。でもこれ以上太って醜くなるのが怖いので
食べられない。食べた後には罪悪感がある」と話
し始めました。





治療のためには、A子さんについてもっと詳しく
知る必要があります。まず、A子さんに自分自身
についてじっくり話してもらうことにしました。  

しばらくは、自分自身が悩んでいる体重やカロリー
の話が続きましたが、次第に話題は母親と自分の
関係に移っていきました。  

しつけに厳しい母親は、日常生活全般にわたって
細かい「家のルール」を決めています。A子さん
は、常にそれに従って生活しているようでした。  

例えば、A子さんの学校の校則では髪の長さは自由
です。にもかかわらず「家のルール」では肩に髪の
毛がついてはいけないことになっています。

下校途中、友達が本屋さんや文房具屋さんに立ち
寄っても、母親から禁止されているため、自分だけ
はお店に入らずに、前で待っているそうです。

朝は6時起床、夜は22時就寝で休日も同じです。
ニュース以外のテレビ番組は禁止。  

クラブ活動、学習塾通いに加え、ピアノや日本舞踊
の稽古もあり、両立は本当に大変そうでした。

それでも、A子さんは疑問をもつ様子もなく、「母
親の言うとおりにしないと。親の言うことは正しい」
ときっぱり。  

学校の話になると、「忙しくて、みんなみたいに
遊びに出かける時間はありません。


いずれにしても、他の子とは話が合わない。

男の子がどうだとか,アイドルの誰々が格好いいと
か、お化粧がどうだとか・、ばかばかしくて。正直
に言うと学校なんかつまらないし、行きたくない」
と話しました。  

A子さんは、母親の言いつけをきちんと守るいわゆ
る「良い子」ではありましたが、学校では、同世代
の友達とは話題も合わずにクラスで浮いた存在であ
ることがわかりました。  

そこで、A子さんとは週1回のカウンセリングをお
こなっていくことになりました。  

幼い頃から子どもは、親からのしつけを通して、価
値観や規範を自分の内部に取り入れながら成長して
いく。

これは「~すべき」「~しなければならない」といっ
た理想的で厳しい価値観である。

しかし、思春期に親離れが始まると、同年代の同性
との親密な交流が始まるので、子どもは親以外から
の新しい価値観を取り入れるようになる。

親からの厳しい価値観は、自分の内面からわき出る、
時代に即したものへと変化していく。  

A子さん母娘では、それぞれの「親離れ」「子離れ」
が進んでいませんでした。  

心を許せる親しい友達はいないため、母親に秘密を持
つこともなく、悩みを全て相談してきたことで、A子
さんの価値観や規範は、依然として変わることがあり
ませんでした。

そのため、すでに親離れが進み、価値観や規範が変化
してきている友人とは、どうしても話が合わなくなり
ます。

A子さんの発達課題の停滞が、拒食症の病気の背景に
隠れている心の問題として存在していることが、徐々
にはっきりしてきました。  

「あなたの中にはお母さんのそっくりさんがいるみた
いね。お母さんの言うとおりにすることが悪いわけじ
ゃない。

でも、周りの友達は、親からの教えを尊重しながらも、
自分なりに変えてきているんじゃないかな」  

私がそう言うと、A子さんははっとした様子で、「み
んなそうかもしれません」と答えました。





「異性に興味がない」と話すA子さん。

拒食症は、一見、体の問題であるかのような「太っ
ているから痩せたい」という訴えの奥に、心の悩み
が隠れていると考えられます。  

ある日のカウンセリングで、修学旅行のときの話題
になりました。  

宿泊先での夜、クラスの友達は男の子の話題で盛り
上がっていたそうです。女子中学生の旅先では当た
り前の光景です。ところが、やはりA子さんはその
輪には入らなかったとのことです。  

「消灯時間を守らないなんてダメ。それに、男の子
の話なんかくだらなくて・・・」。診察室で、そう
私に訴えました。

そこで、私が「A子さんぐらいの年頃の女の子たちが、
男の子の話題で盛り上がるのは、普通のことだと思う
けど」と伝えると、「男の子の話をするのは、はした
ないことだと、ずっと母から言われてきたんです」と
打ち明けました。  

男の子の話をするのがはしたないなどという時代では
ありませんが、話を聞く限り、A子さんの母親が教え
たことが、すべて間違っているわけではありません。  

ただし、A子さんは、母親からの教えを自分の世代に
合った価値観へと、書き換えが進んでいませんでした。  

このときのカウンセリングをきっかけに、自分と友達
の違いについて、少し冷静に考えてみたのでしょう。  

A子さんは、「お友達の家に比べて、どうしてうちは
こんなに厳しいの?」と母親に直接聞いてみました。

それに対して、母親は「私もおばあちゃんの言いつけ
に従ってきた。これが一番正しいのだから、あなたも
そうするべきよ」と答えたそうです。  

A子さんの母親が育った家庭でも、代々、母と娘の結び
つきが強かったようです。

いまだに、何かあると母親は祖母に相談し、その言いつ
けに従って生活しているのは、夫の仕事が忙しいことだ
けが理由ではなかったわけです。

そんな母娘関係は、A子さんとの間でも繰り返されてい
ました。  

「お母さんは、自分とおばあちゃんとの関係を、私と
の間にも望んでいることがわかるんです。その期待を
裏切ったらかわいそう。だから、お母さんの言うこと
を聞くしかないと思っているんです」と自分の心情を
打ち明けました。  


そして、「本当は嫌だけど・・・」と付け加えました。  

A子さんは、母親から自立することに、不安、そして
罪悪感を抱いており、それが親離れを妨げているのは
明白でした。





男女を問わず、思春期には自然に性的な興味や関心
が生まれてきます。

A子さんの場合、それを自分で無理やり押さえつけ、
母親から与えられた価値観に従って、最初から存在
しないことにしていました。  

しかし、当たり前のように生じてくる性的な興味や
関心が「悪いことである」と決めつけられると、子
どもはそのはざまで苦しむようになります。  

A子さんは、思春期の同級生が持つ異性への興味を
共有せずに、「はしたない」「くだらない」と切り
捨てることで、自然と仲間の輪から距離を取りました。

けれども、本当の自分の欲求(異性への興味)と母親
からの要求(異性への興味の禁止)の間で、どうにも
解決できない葛藤が起こってしまいました。

その葛藤が、体重にこだわる形で表に出てきてしまい、
「ちゃんと食べる」ことをやめてしまったと考えられ
ました。  

摂食障害の患者の頭の中は、食べ物のことでいっぱい
になっていて、本当の悩みごとはその陰に隠れて見え
にくくなる。

カウンセリング中に話を聞いていても、体重やカロリ
ーの話が続くため、それが問題の中心であるかのよう
に見えてしまうケースが多い。

人間が生きていく基本である「食べる」という行為を
しなくなる背景には、「痩せたい願望」などの表層的
な原因だけではなく、表面からは見えにくい心の悩み
が隠れている場合が多い。それを解決することが、治
療の課題となる。





1年ほどのカウンセリング期間中に、A子さんは少し
ずつ変わっていきました。  

「お母さんは、自分の親に疑問を持たずに生きてきた
が、私はそうなりたくはない。お母さんと違う意見を
持つことは悪いことではないと思いますから」と率直
に語れるまでになりました。  

ようやく、等身大の自分の価値観へと、書き換えが始
まったのです。  

好きな音楽やアイドルができたり、自分の洋服は自分
で選んだりするようになり、親しい友達もたくさんで
きました。

母が選んだ部活はやめ、本来、自分が希望していたバ
ドミントン部に入部し直しました。  

もう、体重を気にしすぎたり、カロリーにこだわった
りすることはなくなって、食事もきちんと取るように
なりました。

それに伴って、一時期、止まってしまっていた生理も
規則正しいものになり、すっかり健康的な女の子に戻
ったところで治療は終了しました。  

数年後、A子さんから私宛てに、1通の手紙が届きま
した。

そこには、親の反対を押し切って実家から遠く離れた
大学に入学し、独り暮らしをしていること、そしてボ
ーイフレンドができたことなどが、楽しそうに綴つづ
られていました。 …