日野てる子さんの訃報。先程、ダムオヤジさんのブログで知った。
思えば彼女を知ったのは1965(昭和40)年の夏。
午後8時頃の民放テレビのバラエティ番組で2曲歌った。「夏の日の想い出」と「ワンレイニー・ナイト・イン・トーキョー」のような気がする。白黒テレビだったが、黒い長髪の耳元にハイビスカスを飾り、ムームーを着て歌った日野てる子の笑顔を今も忘れていない。
はじめて見る新人歌手なのに、彼女のための番組という感じで、スター扱いの特別待遇だった。こうやって売り出すのかと思ったのはこのときかもっと後か。
当時はハワイアンが全盛だったのか、バッキー白片、平岡精二(畑違いだから記憶違い?)、三島敏夫、大橋節夫といった人たちがよくテレビに出ていた。女性歌手ではエセル中田とか南かおるとかいたが、日野てる子には抜群のスター性、愛らしい顔立ちと豊かな声量があったから、出た途端ハワイアンのトップ歌手になった、というのが当時15歳の私の印象。
私が青春を謳歌し、キリギリスのように遊び呆けていた頃だ。そうした生き方は私自身先が思いやられたが、それよりも青春真っ盛りの、このときしかない感性に流されて生きることを優先していた。そのため人生に悔いを残す私にとって、この時期は「思い出したくない夏の日」ではある。


日野てる子 夏の日の想い出


実は、日野てる子は一昨日思い出したばかりだった。長谷川きよしについての記事を書いたあとで、なぜかふと日野てる子と高田恭子を思い出しのだ。
訃報を前にふざけているようで言い出しかねるところだが、私の予知能力はまたしても証明された?
日野てる子と一緒に思い出したのが高田恭子であるが、この二人には私の認識では共通点がある。二人は骨格がしっかりしてグラマラスというか大柄な顔立ちと体格をしていたし、それに応じて声もボリュームがあり、ふくよかで伸びやかだった。
デビューして即誰もが知るスター歌手になり、またたくまに消えていった印象も共通している。しかしWikipedeaをみると、日野てる子は私が知る1年前の1964年にすでにデビューしているし、著名な一ノ瀬義孝氏と結婚して引退したんだな。知らなかった。
高田恭子は今年のNHK思い出のメロディに出ていた。高音にふくらみがなくなっていたが、歳月を思うとそれも致し方ない。近々何か彼女の情報が入ってくるかどうか、私の予知能力が試される・・・。


高田恭子 みんな夢の中