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M子は、私の次姉の娘である。働いていた次姉は娘二人を保育園に預けていた。
夕方、保育園に二人を迎えに行くのは私の父、つまり子供たちの祖父の役目だった。
当時私の家では、父母と兄家族が暮らしていた。兄には3人の娘がおり、これに次姉の娘二人が加わり、連日賑やかに飛び跳ねていた。
私の父は孫たちを連れて、よくデパートの屋上の遊園地に行き、大食堂でご馳走していたようだ。
私も姪二人を迎えに保育園に行ったことがある。その時は、子供のいない私も少し親の気分を味わったものだ。
私は、次姉一家と同じマンションの向かいに住んでいた。共稼ぎのためいつも親のいない娘二人は、学校帰りにちょくちょく私の部屋に遊びに来た。
幼く愛らしい姪二人の肖像画を私はパステルで描いたことがあった。たまたま作っていたトマトソースでスパゲッティを食べさせたこともあった。
娘が大きくなり、次姉夫婦は同じマンション内に別の部屋を購入し、娘たちの住まいとした。
次姉の部屋には数えるほどしか行かない私だったが、姪たちの部屋にはちょくちょく出かけた。
M子が中学生のとき、修学旅行の思い出を絵に描く宿題があった。明日提出という夜、何も描くことがないとグズグズしているM子に、こんなの簡単じゃないかと私がちょっと強い口調で言うと、M子は大粒の涙を出して泣き出した。そのため仕方なく私が深夜まで付き合って仕上げたことがある。
長い間には次姉の家庭も様々な波風が立ったが、やがて長女のC子が嫁ぎ、次女のM子も嫁いでいった。
はからずも私は姪の成長をずっとそばで見てきた。 (4)