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銀行のATMの前で並んでいたら、後ろからおじちゃん、と呼ぶ声。姪のM子だった。
私たちは近所に住んでいるが往来はなく、年に1~2度、このようにばったり出くわすだけだ。うちに遊びに来て、と言ってくれるが、私はなかなかその気になれない。M子の方は何度か来訪しブザーを鳴らしているようだ。でも私が出てくれない、と今日もM子はこぼした。
この銀行には童話の本棚があり、M子は息子のS太を遊ばせていたのだった。
S太は喋らない子だ。やんちゃに動き回ることもなく、椅子に座ったまま大人しくしている。私が通った幼稚園生だから、おじちゃんの後輩よ、とM子は言った。
その場でひとしきり話をしたあと、これから仏壇に拝みに行っていい?とM子が言った。この盆は、結婚してはじめて、私の父母の墓参りに行ってきたと言う。
我が家に来たM子とS太は、仏壇の前に座り、神妙に手を合わせていた。


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その翌日、私のブログにM子からコメントが入っていた。私がブログを始めたことを昨日話していたからだ。
私のブログを見ていたら、昔歌った歌の歌詞が出ているのを見つけた。読んでいるうちに自然に口からメロディが出てきた、という内容だった。 屋根裏・歌詞
そうだった、と私も思い出した。
30年前、私が作った歌をM子に歌ってもらい、テープに録音したことがあった。
当時M子は小学低学年で、控えめで静かな子だったが、歌を歌うときは声を前に出して堂々と歌い、内面に強さを秘めていることを窺わせた。
どうして録音したのかと記憶を辿ってみると、NHKのみんなのメロディが一般公募したことがあり、そこにデモテープを送ったのではなかったか。残念、というより思ったとおり返事はなく、いつのまにか私の記憶の中から消えてしまい、そのテープも失くしてしまった。
私は若い頃、心のままに様々なものを創作したが、ほとんど発表したことがない。公表したものでさえ、恥ずかしさが先に立って、家族など身近の人に誰一人見せたことがなかった。

しかし大事な人が大抵死んでしまった今になって、私を知って貰うために見せた方がよかったと、そのことを残念に思うことがある。
そのようなとき、思いがけず、私の創った歌を覚えている人間が一人だけいたことを知ったのだ。   (3)