NHK連続テレビ小説「瞳」は、月島や築地を舞台に人情劇を繰り広げているが、三ヶ月目に入っても大きな山がなく、いまだに導入部を見ているような気がしている。
ところが今週に入って、ちょっと期待が持てる展開になってきた。
今週の主役は、よく主人公榮倉奈々宅に夕餉のおかずを持ってきてくれる菅井きんである。長屋で一人暮らしを続ける母親とエリートサラリーマンである息子ラサール石井との確執と和解を描く中で、虚飾のない生活や実直な人生を謳いあげるものと思われる。西田敏行、飯島直子親子もそろそろ仲直りしないといけないから、その伏線にもなるのだろう。
しかしこうしたストーリー展開は、私だけでなく誰もが如何様にも推測できることであって、取り立てて書くことでもない。
私が興味を魅かれたのは、本日初登場したばかりの嫁三原じゅん子と子供が、絵に描いたような敵役だったからである。
この二人は、今日見た限りでも、正直と嘘、清貧と虚栄、思いやりと身勝手、といったわかりやすい図式の対極に置かれている。このようなアンチテーゼの現出はドラマを面白くする駒だから、これは目が離せないのだ。
しかしである。無粋は承知で、あえて私は言いたい。
いまどき、こんな類型的な人間がいるだろうか。カリカチュアであっても、こんな人いる、と思わせるものがなければ、ただの漫画になってしまう。
そういえば、レギュラーの登場人物は、主役から端役まで下町のあるいはダンサーのイメージ通りの人物が揃い、まるで金太郎飴のようだ。ただし里親の講習会で発表した出演者にはリアリティがあった。本物?
私は、このドラマが里親制度を取り上げたことで、人間関係が希薄な現代における信頼の構築について、庶民の目でさりげなく提言してくれるのでは、と期待しているのだ。が、こんなステレオタイプの人物ばかりいて、信頼に至る複雑な心の襞を描いていけるのだろうかと、これまた目が離せないのだ。
