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春はあけぼの

趣味の話をつらつらと

昨日の「応天の門」の話の続きです。


舞台は平安時代の貴族社会。

当然の如く、藤原氏が威張っているのですが、

もうメチャクチャに性格が悪い。

都に起こる悪事の殆どは藤原氏の陰謀。

日本史の勉強をしていると、必ず出てくる藤原氏、「日本史の陰の主役」と言われ、陰謀がお家芸、と薄々聞いてはいましたが、これほど不気味な

存在だったとは。


若き日の菅原道真は、書物好きで、忖度ができない、堅物。正義感が強くピュアなこの青年が、

のちに、藤原氏の陰謀で、無念の死を迎えることを知っているから、よけいに、藤原氏が不気味に、憎らしく思えてくる。


ところでこの藤原氏と志度寺の繋がりを知っていますか?


志度寺に伝わる「海女の玉取り物語」は、志度にやってきた藤原不比等と、地元の海女が結ばれて、房前が生まれるというお話。


房前は藤原北家始祖。平安時代栄華を極めた

藤原北家の始祖の母親が志度の海女でいいんかい〜⁉️


と、不思議で仕方がなく、このへんの所を

いろいろ調べています。


そして、菅原道真、

実は彼、讃岐国司だったことがあります。

学者の名門の家の道真が、田舎の讃岐に

赴任させられたのも藤原氏の陰謀と言われていますが、

道真、讃岐の民のために一生懸命働いてくれたようで、

旱魃に苦しむ民のために、城山神社で雨乞いをして、本当に雨を降らせたとか。

その時に農民が喜んで踊ったのが、滝宮の念仏踊りの始まりなのだそうです。



これは志度寺にある菅原道真のお社。


「おへんろつかさの会」というものに入ってから

日本史の本を読むことが面白くなって、

でも何しろ範囲が広すぎるので、

古代史かと思えば戦国時代、鎌倉仏教かと思えば天武天皇……、と、毎日焦点が定まりません。

そんな時に、漫画アプリで、「歴史漫画」という

ジャンルがあることを知りました。


漫画⁉️ と言うなかれ、これがなかなか

よく勉強されているのだ。


そして、今、はまっているのが、



これです。「応天の門」。

あの菅原道真様が文章生だった頃のお話。

もちろん、創作なのでしょうが、

平安時代のプレイボーイ、在原業平とのコンビで

次々と事件を解決するというのが面白い。


文章生とか在原業平とか言われても、

わからない人が多数ですよね。

私もそうでした。

でもこの漫画を読めば、もう一生、忘れることは

ないかもしれません。

それどころか、菅原道真とか在原業平のことを

もっともっと知りたくなって、

百人一首の本まで読み始めることになるかもしれません。(私のように)


いやほんと、本を読むだけではなかなか頭に

入ってこないことも漫画ならするする

理解できるのですから不思議です。


しかもこの漫画、ちゃんと

東京大学史料編纂所の本郷和人という人が

監修、解説までしてくれているのです。


今なら、「ピッコマ」というアプリで

72話まで無料です。一日一話しか読めませんが。






薔薇の花が次々と咲いていますが、
今年は見てもらえなくて、残念です。

来年こそは日常が戻っていますように。お願い

今日はお向かいにある地蔵寺さんの

「写経会」に行ってきました。



月に一度、第2水曜日に開催されているので、

一度行ってみたかったのですが、

平日は仕事があって、なかなか……。

休業中の今しかない、と思い切って行ってみました。


「写経」って、なんか渋いでしょ?

おじいちゃんばかりなんじゃないかな、

と恐る恐る……(自分も婆さんなんだけど)


だったのですが、


意外にも女性ばかりで、

そして、建物が新しく明るい場所だったので、

ちょっとお洒落なカルチャー教室のようでした。


ご住職にお経も詠んで頂いて、

完成した写経は、お願い事を書いて、

明日の朝のお勤めの時に御本尊に

お供えして下さるそうです。


最近は皆、不安な気持ちをいつも抱いて

いるような状態だと思いますが、

たまにはこういう清浄な空間で、

無心に文字を書くというのもいいですね。


心が落ち着くし、

「守って頂ける」という気持ちにもなれます。


写経会は、檀家さんでなくても誰でも

参加できるそうです。

私も檀家ではありませんが、

近所なので、なにかと行事に参加させて

頂いています。


以前から行ってみたかった、

さぬき市長尾東の極楽寺まで足を伸ばしました。




創建地はさぬき市寒川町石田東で、

平安時代末期の作と伝わる木造薬師如来立像

(国重文)があり、

西讃の善通寺に匹敵する東讃の真言宗大寺院

だったそうです。


さぬき市って、実は歴史的にすごい場所だったのではないか、と、細々と自由研究をしています。



ちなみに、こんな立派な大師堂がありました。


近くには地蔵川という名前の川があったりして、

「極楽寺」と何か繋がりがあるのかもしれません。