昨日の「応天の門」の話の続きです。
舞台は平安時代の貴族社会。
当然の如く、藤原氏が威張っているのですが、
もうメチャクチャに性格が悪い。
都に起こる悪事の殆どは藤原氏の陰謀。
日本史の勉強をしていると、必ず出てくる藤原氏、「日本史の陰の主役」と言われ、陰謀がお家芸、と薄々聞いてはいましたが、これほど不気味な
存在だったとは。
若き日の菅原道真は、書物好きで、忖度ができない、堅物。正義感が強くピュアなこの青年が、
のちに、藤原氏の陰謀で、無念の死を迎えることを知っているから、よけいに、藤原氏が不気味に、憎らしく思えてくる。
ところでこの藤原氏と志度寺の繋がりを知っていますか?
志度寺に伝わる「海女の玉取り物語」は、志度にやってきた藤原不比等と、地元の海女が結ばれて、房前が生まれるというお話。
房前は藤原北家始祖。平安時代栄華を極めた
藤原北家の始祖の母親が志度の海女でいいんかい〜⁉️
と、不思議で仕方がなく、このへんの所を
いろいろ調べています。
そして、菅原道真、
実は彼、讃岐国司だったことがあります。
学者の名門の家の道真が、田舎の讃岐に
赴任させられたのも藤原氏の陰謀と言われていますが、
道真、讃岐の民のために一生懸命働いてくれたようで、
旱魃に苦しむ民のために、城山神社で雨乞いをして、本当に雨を降らせたとか。
その時に農民が喜んで踊ったのが、滝宮の念仏踊りの始まりなのだそうです。
これは志度寺にある菅原道真のお社。









