ふと、彼女のずば抜けた魅力はなんだったのろうと考えることがあります。多くの魅力が、経年劣化に贖うことが出来ません。
「花の色は移りにけりないたずらにわが身世にふるながめせしまに」
小野小町も自身の容貌の衰えを嘆いています。社会的地位も次世代へと継承されていきます。これらにしがみついても、自身を貧しくするばかりです。
もうずば抜けた彼女の魅力を皆さんはお分かりだと思います。時が経っても色褪せることなく、益々輝きを増していくものです。
目の前の事象に過剰に一喜一憂しない。
他人の悪口を言わない。
人の痛みを共有して、人に優しく出来る。
叱るにしても、相手への思いやりを忘れない。
品性や人格を感じられるような言葉遣いをする。
etc。
そうです。ありふれてはいますが、人としての内面です。心のあり様です。このありふれたことを日々実践していくことは、意外と容易ではありません。僕なんか、一言余分なことを話すし、人の成功を妬んだりすることもありました。男のジェラシーほど醜いものはありませんね。(笑)
美魔女もいいのですが、経年劣化に逆行する魅力を手に入れてみるのはどうでしょうか。男性にとって、またお会いしたいと思える女性が増えて欲しいです。

僕は、ちょっとへそ曲がりな男です。本人も自覚し、容易に似合うだろうと連想出来る物はプレゼントしません。僕が、彼女にプレゼントしなかった靴、何だと思いますか?

「知性」の反対語は「無知」、対義語は「感性」です。彼女が僕に話したことがあります。今にして思えば、ユキコ道のヒントだったかも知れません。
「世の中が息苦しくなったのは、女性が高学歴になったこと。不必要な葛藤が生まれるのよね」
「どんなふうに?」
「女性が理屈を口に出せば、収まるものも収まらない」
「じぁ女性は言いたいことも言わずに我慢しろということかい」
「違う、違う!女性特有の感性を磨いて対処すればいいの。例えば恋愛で、知性は女性の賢さを生まない。邪魔するだけで、無い方がいいくらい」
「そりゃまた凄いアンチテーゼだね。でも、君も十分高学歴だよ」
「私はいいの」
「???、ワハハ😆」
直感的な事象(恋愛?)を理屈で対応しようとすると決して好結果にはならないらしい。感性で惚れさせ、手のひらの上で転がせということかな。
僕は転がさせましたが、転がり続けるのも快感でした。

そうそう、問いの答えは<ルブタン>

先週裏磐梯を訪れたのは、山形に住む四十年来の友達とゴルフをするためでした。
山奥にしてはドレスコードのあるゴルフ場で、以前から一度プレイをしてみたい所でした。800mの高地にあるのでボールは飛ぶし、コースもまあまあ整備が行き届き、十分旧交を温めることが出来ました。
ちょっとした出来事があったのは昼食時です。クラブハウスは、大きくはありませんが清潔感があり、リゾート感がありました。レストランは、ピザを売りにしていました。彼女とピザを食べる時は、いつもクワトロピザを注文していたことを思い出して、それをお願いしました。愛想の良さそうな中年の女性が注文を受けてくれました。
しばらく待つとテーブルにピザが運ばれてきました。
「あのう、注文したのはクワトロピザだったと思いますが」
「あら、違ってますね。どうしましょうか」
「プレイ時間もあるので、これで構いません」
「お客様、こちらの手違いでご迷惑をお掛けしました」
ここまでのことは何度か経験しています。ゴルフに来ているのですから、この程度のことでは腹も立ちません。間違ったマルゲリータピザも中々のお味です。僕が食べ終えようとしていた時、サーブをしていた女性が伝票を持って僕の席にやって来ました。
「見て下さい。私はちゃんとクワトロピザと記入して調理場に伝えています」間違いを受け入れた時点で、僕の中では解決事項です。彼女は、それを蒸し返し自分を正当化しています。僕は、その厚顔無恥さに呆れ果て、話す言葉を失いました。接客業に限らず、サービスの本質が理解できていません。どんな仕事でもチェック機能が働いてこそ良い仕事が出来るのです。
Drユキコならどんな対応をしただろうか。僕は想像出来ます。間違ったことは彼女も許します。しかし、弁明は許しません。
「あなた、こちらの責任者を呼んで頂けますか?」
おー、怖い😱

昨日、一人裏磐梯の隘路を車で走っていると、道沿いにお蕎麦屋さんがありました。山間部に来ると道沿いの蕎麦屋は珍しくありません。何時もは通り過ぎるのですが、何か惹かれるものがあり、車をバックまでして立ち寄ってみました。
十品目にも満たないメニューの張り紙、昭和にタイムスリップした感覚満載の店内です。高齢の女性が笑顔で迎えてくれました。どうやらワンオペでお店を切り盛りしているようです。背は曲がり気味ですが、顔の血色はすこぶる良好です。
「お水です。ご注文は何にしましょ」
水を一口すると如何にも会津の軟水です。
「山菜そばと山菜の天ぷらを下さい」
僕がそう注文すると優しい微笑みが返ってきました。
「うちの山菜そばは、そばと山菜を別々にお出しします。別個に山菜の天ぷらを注文しなくても大丈夫。山菜は今朝私が取ってきたものだから新鮮だよ」
嘘の無い会話は、心にホッとした温もりを感じます。
「コシアブラはもう終わりましたか」
「お客さん、コシアブラがお好きかい?もう茎が伸びて今年は終わり。来年またいらっしゃいな」
「夫婦でコシアブラの天ぷらが好きだったんです。僕に取っては一番思い入れのある山菜なんです」
食べ終え、僕が僅かながらの心付けを置き車に乗り込むと、彼女は店先まで出て頭を下げながら笑顔で見送ってくれました。
ほんの僅かなやり取りです。でも、旧知の人との再会のようなもてなしでした。
わざわざ車を停めた僕の勘は、まだ満更でもないようです。
山菜の王様はタラの芽らしいのですが、僕らの好みは断然女王様、コシアブラでした。山形から秋田辺りならまだ手に入りそうです。

十八で上京して、初めて出会った芸能人は中村雅俊さんと五十嵐淳子さんでした。渋谷駅の近くでロケをしていて、昼間にも関わらず、お二人の周りだけ輝いていたのを昨日のことのように覚えています。
オーラを放つ人は確かにいます。芸能人に限ったことではありません。男性や女性に限ったことでもありません。
一時期、女性がオーラを身に纏う方法を考えたことがあります。手に入れるための方法論をここで披露するのは恥ずかしいのでやめておきますが、関係書籍を読み、色んな情報に接しました。外見を磨き上げたオーラ、内面の発する他を圧倒するオーラ。その気になれば、誰でも手に入れられるというのが僕の結論です。

まあ、色んな女性に目移りしていた頃の僕の手並みぐさですから、相手にしないで下さい。

Drユキコにオーラはあったか?野暮な質問はしないで下さい。僕は、自称オーラ鑑定士です。笑😆

五十嵐淳子さんの訃報に接し、哀悼の意を表します。合掌

僕は、自分で言うのも何ですが、人から言われた言葉はよく覚えています。それが、ネガティブな言葉であればあるほど忘れることはありません。

Drユキコとは、十年近く暮らしたわけですが、その間何度か喧嘩とまでいきませんが、ちょっとした口論はしたはずです。でも、彼女の言葉が重いと感じたのは二、三度しかありません。ですから、彼女のことを鬱陶しいとか煩わしいと思った記憶はありません。

彼女の対応はいつも一緒でした。
僕が言いづらそうにしていた話を最後まで問い詰めることはしません。小ちゃな嘘も然りです。彼女はお見通しだなと僕は感じていましたが、逃げ道を用意しているのです。逃すという方法で、僕の自省を促しているのです。問い詰められなくて、いい気になるほど僕も鈍感ではありませんので、愛は深まっていきました。
どんな事があっても、必ず彼女は同衾を求めます。そして、いつも以上のセックスをします。目が覚めると昨日の事は無かったかのように彼女は振る舞います。男なんて単純なところがありますから、また愛が深まってしまいます。

彼女の対応に胡座をかくほど、僕は無神経ではありません。彼女の対応を理解するようになると、この人の無言のプレッシャーに打ち勝つには、愛して愛して愛し抜くしかないと思うようになりました。

彼女が発した最も重い言葉を最後に書きます。
離婚した奥さんの元に帰りますか?私は全く構いませんよ。
オー怖い怖い。

毒牙に噛まれた僕の魂は、癒えることはないと思い知らされてます。神経毒が全身に回り、もがけばもがくほど牙はより深層へと食い込んでいきます。楽しい思い出だけが脳裏に残り、いっそ殺してくれと魂が叫んでいます。

この魂を鎮めるために、色んな試みをしました。元カノとも寝ました。若い肌を求め、援交の真似事もしました。初恋の人とも出会いました。

彼女は、決して僕を責めたりはしないはずです。
「仕方ないね。どう、やはり私が最高でしょ」
と余裕綽々で僕を見つめているはずです。

僕は、女性がユキコ道の体現者になることをお勧めしません。男性が可哀想です。6割くらいの愛情を注げる距離感が傷を残さない関係性です。永遠のお別れが訪れても、ぎり心の平穏を保てます。

100%の愛情は毒牙です。

時間が忘れさせてくれると思っていたのは錯覚です。比較対象するような状況に身を置くとネジは巻き戻されてしまいます。そして、こんな文章を書いてしまいます。

今年も咲き誇った三春の桜を見に行こうかと思います。散り際の潔さは、僕の想い人を連想させてくれます。