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これ、いじめ問題で加害者のひとりの爺さんではないかと2ちゃんで盛り上った方のブログ。


元警察官でどこぞに天下りして悠々自適な生活をしてる爺さんらしい。。


(本人は加害者等との関連は否定しています)



2ちゃんでは個人情報を晒して電凸(抗議や批判の電話をすること)などが行われ、それが赤の他人だったりとトラブルも大いにあるのだが、もしこのブログ主が赤の他人であれば被害者であることは間違いない事であろう。



だが・・・



いじめ問題と称し、何度も記事を揚げて持論を展開している。


爺が他人であろうと身内だあろうとどうでもいいが、人生の大先輩である爺様が、市民の安全と生活を守る立場にいた元警察官がこのような意識でいるという事に違和感と寂寥を感じぜずにはいられないのは私だけだろうか?



去年の震災から、絆とは、助け合いとは、大事なこととは、家族とは、などたくさんのことを考えたと思う。


みんなができることはないか、どうしたら支援できるか考えたと思う。


そこには他者に対しての思いやりと、被災者に対して愛(失礼)があったのを誰もが感じたと思います。



しかし・・・


忌まわしきあの福島原発事故。


政府、官僚、東電・・・誰一人として責任をとろうとしないあの態度。。。


この爺の態度が同じようにしか感じられないのであります。



この爺さんはわたしなんかよりずっとずっと雲の上の偉い人であります。


たくさんの経験と実績を重ねてきた偉い人であろうと思います。


そのような偉い方の発言に、庶民である私が怒りを覚えています。



正論では何も解決しないのです。


上から目線では何も解決しないのです。


ちょっとの想像力があればわかることなのです。



良いか悪いかは別にして、昔の日本の武士のサムライには『ハラキリ』という文化がありました。


それは、責任の取り方という文化です。


『恥』を削ぐ・・責任の所在をはっきり(形骸的でも)させる行為です。



爺が無関係でももいいですが(元警察官僚として)、憤慨を覚えないのか、というより・・・身内の擁護に終始することが正義なのかとあきれてしまう。


そして、あのような被害者侮辱の発言だけは許せません。



なんだろうか?


偉い人は、尊敬できる人でいてほしい。


誰一人として責任を取ろうとしない世の中。


誰一人としてけじめをつけようとしないえらい人。


平成の世には、偉人と呼ばれる日本人はでないのだろうか?



悲しいことです。