開設177日目。

パソコン修理に出しましたw

と言っても、まだ見積依頼の段階ですので、修理代も期間ぜんぜんわかりましぇん(-_-;)


もしCPU破損とかで、あんまりかかるようなら買い替えですかね…

まあ、約5年使ってるからそろそろ時期ではあるんですが…



あぁぁ…金がない(ToT)


さてさて、今日のサブタイトル『折衷案』。


これは、自分の生き方と言うか間違った処世術とでも言いましょうか…

自分を傷つけず、他人をも傷つけずにいようとする心の現れのお話。



今まで生きて来た中で、何かをしたいと思ったり、誰かと意見をまとめて行動しなければならない時、常に『折衷案』を模索していました。


よく政治屋さんのやり取りであるように、行政改革法案があがったとしても、野党やら官僚やらの反対に遭い、仕方なく?『落しどころ』を模索し、結局のところ『骨抜き』の意味のない法にとどまってしまう…

まあそんなスケールの話ではないにせよ、回りの意見や状況や自分の立ち位置を気にして、結局は欲しいモノややりたい事とかけ離れた、自分にとっては(他人にとっても)つまらないモノに落ち着いてしまう。


私は常に、こんな生き方をずっとしてきました。


人が自分のことをどう思うかが重要でした。




これを繰り返すと、八方美人になります。



180度対立する意見には自分の意見は言えなくなります。


そして、自分の意見を持たない奴に成り下がります。



最終的に、人からは『つまらない奴』との称号が得られます。




ここまでくると、もう誰も相手にしてくれません。



みんなに好かれたい、《誰一人にも》嫌われたくないと自分を殺していたはずなのに…





結局は自分に自信がないからってトコに落ち着く訳ですが、こうなってしまうと人と相対することが怖くなります。



余計に人の顔色を伺い、相手の喜ぶような対応を取ろう(または無行動)とします。


その行動は卑屈であり、滑稽にすら感じます。



だって、自分自身に嘘をついて行動しているのは人からみれば丸わかりですから…




このスパイラルはなかなか抜け出すことは出来ません。


本当の自分自身を知り、自分自身の行動を変えていかないかぎり。



我が儘になれって事じゃありません。



恥を掻いてもいいんです。

誰かに嫌われてもいいんです。



ありのままの自分を出せた時、ありのままの自分を認めてくれる人が必ず現われるのです。



日々思い通りにならずにストレスを抱え、人に認めてもらいたいのに自分の殻に閉じこもり、そんな自我を守るように、思うようにいかない気持ちの代理として何かに依存していく…





もう一度言います。




ありのままの自分を出せた時、自分を認めてくれる人が必ず現われるのです。



私はそれを、ブログを通じて実感できました。



なぜなら、ここでは、ありのままの自分を嘘偽りなく書いているから。



…あとはリアルな自分が課題だったりする(汗)




いいオサーンの戯言でした(-_-;)





充実した毎日を過ごそう。



今日もパチンコは絶対にしない。