ディープラーニングの一つとして、畳み込みニューラルネットワークが知られている。

 

膨大なデータを少数のシンプルな要素に畳み込んで単純化することによって、データの特徴を際立たせ、高精度な学習を可能にする。

 

これはフラクタル現象学の世界の捉え方に似ている。

 

ある出来事が起きて、五感を通じて情報の入力を受けたとき、私の脳はその出来事を深層意識の要素に畳み込む。

それらの要素を入力されると、中間層は、各要素の値を自分の意味付けに従って重み付けする。


例えば、上司に叱られたとする。要素に分解すれば、要素A(なされるべき仕事)、要素B(監督者)、要素C(仕事をやる者)である。五感で得た情報は、このような要素に分解した上で、ニューラルネットワークに入力される。


次に中間層では各要素が組み合わされ、意味付けされる。仕事が嫌いであれば、仕事とその監督者の組み合わせには強いネガティブな重み付けがされる。

その結果、上司に対して過度に怯えることになったり、敵意を持ったりする。



中間層において重み付けを繰り返し(意味付けに基づく選択を繰り返し)、出力層では現実の解釈を出力する。この結果が私に取って好ましいものであれば幸せだし、そうでなければ問題と感じる。


上記の例で言えば、上司に怯える自分、上司に敵対心を感じる自分、に辻褄を合わせるための現実が作られるので、表層意識は問題と感じる。


この仕組みに基づき、問題と感じる現実の変え方を考えてみた。

 

方法は2つある。

一つめの方法は入力値を変えることである。すなわち現実そのものを変える。自分の裁量で変えられることであれば、この方法が最も早い。例えば、腐れ縁になっていた人間関係を整理する、などである。

しかしながら、例えば他人に困らされているなど、自分では入力を変えられない場合がある。


その場合は、二つめの方法が有効である。欲しい結果が得られるように中間層の重み付け(すなわち意味付け)を変えるのである。すると同じ入力でも出力が変わる。

これは一見すると、単なるポジティブ思考のように見えるかもしれない。物事の良い点を積極的に見ていこうとする考え方である。

 

しかしながら、中間層の重み付けを変えるということは、それ以上のものをもたらす。

中間層を変えることにより、全ての入力に対する出力が変わるからである。すなわち、ある一つの現象をポジティブに解釈できるだけではなく、意味付けを変えた結果、過去も含めた全ての出来事についての解釈が変わるのである。


そして最初は現実の生活が何も変わらないように見えても、水面下では、全ての入力が今までとは違う現実を作り出すことになり、それら一つ一つの現象が複雑に絡み合い、今までとは違う全く新しい世界が立ち上がるのである。


中間層の重み付けを変えるには、フラクタル心理学の修正法が有効である。

AIは人の顔写真から、その人が持っている感情を数値化できる。

写真に写っている女性が怒っている確率0.3%、幸せを感じてる確率83%、悲しい確率9%・・・という風に、人物の表情から確率を推定する。

 

AI顔認識技術を使わなくても、私たちは常日頃、他者の表情から感情を読み取っている。その時に私たちが想像している「相手はこう感じている」が本当に正しいかどうか分からない。そこには自分独自のフィルターがかかっているからである。

 

このことをフラクタル心理学では「他人は自分の投影である」と説明している。

つまり相手が怒っているように見えるなら、それは自分の中の怒りの投影であるというのである。

このように私たちが認識する他者は、実は自分自身である、というのがフラクタル心理学の考え方だ。

 

私がある人を肉眼で見た時に感じることと、AIの分析結果が異なる場合、どちらが本当なんだろう。

 

AIを通じて知る相手の感情は、私たち自身が直接五感で感じるものではないため、フラクタル心理学の定義に従えば、現実ではない。単にコンピュータによって出力された感情項目の数値の羅列でしかない。

 

また、人間が他者から直接感じる曖昧で微細感情を、AIやコンピュータは表現しきれない。他者の感情を言語で記述しようとした瞬間、言語化できない雰囲気のようなものは削ぎ落とされてしまう。この観点からも、AIが出力した言語化された演算結果は現実とは言えない。

 

AIは急速に実用化が進んでいる。AIは大量の情報を瞬時に処理し、分析結果を出力する。その結果はビジネスに有用かもしれないし、私たちの生活の利便性を高めるかもしれない。しかしながら、AIが弾き出す結果は常に現実そのものではなく、擬似的に現実を表現したものに過ぎないということを分かっておきたい。