録りだめているハードディスクの空きが少なくなって、切羽詰まってきたのもあって、まだ視聴できていなかった番組のうち、2022年8月10日~9月14日にNHK-Eテレで放送された「究極の短歌俳句100選ベストセレクション」6本を、ようやく通して視聴できた。


30分の番組6本に選ばれていた短歌と俳句をスマホのメモ帳に写しながら、選者の解説や出演者の感想を聴いて見ていくと、6時間かかった。

やっぱり、休日に連続で視聴して良かった内容だった。


時代と戦争、人生の岐路、恋、女性とは、旅と自然、家族と故郷の6回のテーマ分けは適切だったが、各回のテーマに含まれない「推し」の短歌と俳句を紹介する部分もあって、6回にまとめるために、構成に少し無理が生じたのかとも思われた。


しかしまぁ、プロの短歌俳句業界の作家が、何をどう評価してきたのか、それを今の感覚でとらえたらどう感じるかまで分かる、良い勉強材料でした。



【時代と戦争】 


熟田津ニキタツに 船乗りせむと

月待てば

潮もかなひぬ 今は漕ぎ出でな

〈額田王/飛鳥時代〉 


楽浪ササナミの 志賀の唐崎

幸サキくあれど

(大津の宮は荒廃してある)

大宮人の 船待ちかねつ

〈柿本人麻呂/飛鳥〉 


濁流だ濁流だと叫び流れゆく

末は泥土か夜明けか知らぬ

〈斎藤史/昭和戦前〉


軍衣袴グンイコも銃ツツも剣も差上げて

暁アカツキ渉る 河の名を知らず

〈宮柊二/昭和戦前〉


人に語ることならねども

混葬の火中にひらきゆきしてのひら〈竹山広/昭和戦後〉


催涙ガス避けんと秘かに持ち来たる

レモンが胸で不意に匂えり

〈道浦母都子/昭和戦後〉


昭和天皇 雨師ウシとしはふり

(雨を司る神として埋葬します)

ひえびえと

わがうちの天皇制ほろびたり

〈山中智恵子/平成〉
(現代の巫女?)


降る雪や 明治は遠くなりにけり

〈中村草田男/昭和戦前〉

cf.獺祭忌 明治は遠くなりにけり

 (正岡子規の命日) 〈志賀芥子〉


戦争が廊下の奥に立ってゐた

〈渡邊白泉/昭和戦前〉


すべなし

地に置けば子にむらがる蝿

〈松尾あつゆき/昭和戦後〉


彎ワン曲し 火傷カショウし

爆心地のマラソン

〈金子兜汰/昭和戦後〉



 (推し俳句)


によつぽりと 秋の空なる
不尽フジの山
〈上島鬼貫オニツラ/江戸〉

赤い椿白い椿と落ちにけり
〈河東碧梧桐/明治〉

木にのぼり
あざやかあざやかアフリカなど

○〈阿部完市/昭和戦後〉


【人生の岐路】

白鳥シラトリは哀しからずや
空の青 海のあをにも
染まずただよふ

〈若山牧水/明治〉
(文学を一生の仕事ときめた23歳に)

うらうらに照れる春日ハルヒに
雲雀ヒバリ上がり
情ココロ悲しも 独りし思へば
〈大伴家持/奈良〉
(権力抗争に巻き込まれ孤独な心境を)

不来方コズカタのお城の草に寝ころびて
空に吸はれし十五の心
〈石川啄木/明治〉
(短歌を始めた中学生時代の思い出)

のど赤き
玄鳥ツバクラメふたつ
屋梁ハリにゐて
足乳根タラチネの母は死にたまふなり
〈斎藤茂吉/大正〉
(31歳で母の死に直面し)

サバンナの象のうんこよ聞いてくれ
だるいせつない こわいさびしい
〈穂村弘/平成〉
(最も遠いものにしか言えない気持ち)

荒海や佐渡によこたふ天河アマノガハ
〈松尾芭蕉/江戸〉
(奥の細道で、人生の終盤に)

糸瓜ヘチマ咲いて痰のつまりし仏かな
〈正岡子規/明治〉
(結核を患い寝たきりで死の直前に)
(ヘチマは痰の薬だが自分はもう仏に)

七夕竹タナバタダケ
惜命シャクミョウの文字 隠れなし
〈石田波郷/昭和戦後〉
(療養俳句の手本?!)

見えぬ眼の方の眼鏡の玉も拭く
〈日野草城/昭和戦後〉
(晩年結核さらに緑内障。気丈さ)

鉛筆の遺書ならば忘れ易からむ
〈林田紀音夫/昭和戦後〉
(20歳代後半で結核で入院)

湯豆腐や
いのちのはての うすあかり
〈久保田万太郎/昭和戦後〉


(推し俳句)

チューリップ花びら外れかけてをり
〈波多野爽波/平成〉

泥鰌ドジョウ浮いて
鯰ナマズも居オると いうて沈む
〈永田耕衣/昭和戦後〉


【恋】

思いつつ寝ればや人の見えつらむ
夢としりせば さめざらましを
〈小野小町/平安〉

月やあらぬ 春や昔の春ならぬ
わが身ひとつは もとの身にして
〈在原業平/平安〉
(伊勢物語)

玉の緒よ (玉の緒とは命)
絶えなば絶えね ながらえば
忍ぶることの 弱りもぞする
〈式子チョクシ内親王/鎌倉〉
(百人一首)

観覧車 回れよ回れ 想い出は
君には一日ヒトヒ 我には一生ヒトヨ
〈栗木京子/昭和戦後〉

あの夏の 数かぎりなき
そしてまた たった一つの
表情をせよ
◎〈小野茂樹/昭和戦後〉

たちまちに 君の姿を霧とざし
或る楽章を われは思ひき
〈近藤芳美/昭和戦前〉
(20歳代に異国の地で運命の出会い)

君かへす 朝の敷石 さくさくと
雪よ林檎の 香のごとくふれ
○〈北原白秋/明治〉
(恋の相手は隣家の人妻)

手をだせば とりこになるぞ
さらば手を、 
近江大津の はるのあはゆき
〈岡井隆/昭和戦後〉

馬を洗はば 馬のたましひ
冱サゆるまで 人恋はば人
あやむるこころ
〈塚本邦雄/昭和戦後〉

寄せ返す 波のしぐさの優しさに
いつ言われても いいさようなら
◎〈俵万智/昭和戦後〉
(さ行、い、い、さ行)


(推し短歌)

桜花 ちりぬる風の なごりには
水なき空に 浪ぞたちける
〈紀貫之/平安〉
(土佐日記)

ながめつつ 思ふも寂し
ひさかたの
月の都の 明け方の空
〈藤原家隆/鎌倉〉

大空の 斬首ののちの 静もりか
没オちし日輪が のこすむらさき
〈春日井建/昭和戦後〉
(21歳での第一歌集「未成年」)


【女性とは】

黒髪の 乱れも知らず うち臥せば
まづかきやりし 人ぞ恋しき
〈和泉式部/平安〉

春みじかし 何に不滅の 命ぞと
ちからある乳チを 手にさぐらせぬ
〈与謝野晶子/明治〉
(「みだれ髪」乳房に男の手を導く)

後世ゴセは猶ナオ 今生コンジョウだにも
願はざる わがふところに
さくら来てちる
〈山川登美子/明治〉
(29歳で結核死。晶子の夫を争った)

早春の
レモンに深く ナイフ立つる
をとめよ素晴らしき 人生を得よ
〈葛原妙子/昭和戦後〉
(明治生の女性に主体的人生はなく)

灼きつくす
口づけさへも 目をあけて
うけたる我を かなしみ給タマへ
〈中城ふみ子/昭和戦後〉
(20歳代で離婚後に奔放な恋愛を)

かたはらに おく幻の 椅子一つ
あくがれて待つ 夜もなし今は
◎〈大西民子/昭和戦後〉
(夫が出奔して10年経つ今)

たとへば君 (女性が男性に君と)
ガサッと落葉 すくふやうに
私をさらって 行ってはくれぬか
○〈河野裕子/昭和戦後〉
(1972年の歌集)

おほた子に
髪なぶらるゝ 暑さ哉カナ
○〈斯波園女シバソノメ/江戸〉
(松尾芭蕉の弟子)

咳の子の なぞなぞあそび 
きりもなや
○〈中村汀女/昭和戦前〉

囀サエズリを こぼさじと抱く大樹かな
◎〈星野立タツ子/昭和戦前〉

足袋つぐや
ノラともならず 教師妻
〈杉田久女ヒサジョ/大正〉
(イプセン「人形の家」のノラ)

夏痩せて 嫌ひなものは嫌ひなり
〈三橋鷹タカ女/昭和戦前〉


(推し短歌) 「桜」をモチーフに

花の上に しばしうつろふ
夕づく日 入るともなしに
影きえにけり
〈永福門院/鎌倉〉
(無我夢中で桜に見入っていた)

夜半さめて
見れば夜半さえ しらじらと
桜散りおり とどまらざらん
○〈馬場あき子/昭和戦後〉


【旅と自然】

古池や 蛙カハヅ飛トビこむ 水のをと
〈松尾芭蕉/江戸〉

閑シズカさや 岩にしみ入 蝉の声
〈松尾芭蕉/江戸〉
(元句「山寺や石にしみつく蝉の声」)

柿くへば 鐘が鳴るなり 法隆寺
〈正岡子規/明治〉


(川)

ながながと 川一筋や 雪の原
〈野沢凡兆/江戸〉
(芭蕉の門人。線と面)

雪解ユキゲ川 名山けづる 響かな
○〈前田普羅フラ/昭和戦前〉

一月の川 一月の谷の中
◎〈飯田龍太/昭和戦後〉


(滝)

滝の上に 水現れて 落ちにけり
〈後藤夜半/昭和戦前〉
(高浜虚子に師事)

滝落ちて 群青世界 とどろけり
◎〈水原秋桜子/昭和戦後〉
(客観写生を批判し主観を重んじた)
(那智の滝、御神体を詠んだ)


(山)

遠山トオヤマに 日の当りたる 枯野かな
〈高浜虚子/明治〉
(正岡子規の後継者、写生を深めた)
(明治33年、26歳での句)
(誰の胸にもこんな風景がある)

たてよこに 富士伸びてゐる
夏野かな
○〈桂信子/平成〉


(海)

春の海 終日ヒネモスのたりのたりかな
〈与謝蕪村/江戸〉
(俳人で画家)

木がらしや
目刺メザシにのこる 海のいろ
○〈芥川龍之介/大正〉


(推し俳句)

水ゆれて 鳳凰堂へ 蛇の首
◎〈阿波野青畝セイホ/昭和戦後〉

蝿とんでくるや 箪笥の 角よけて
〈京極杞陽/昭和戦後〉
(俳句は体重をかけて詠むか、否か)


【家族と故郷】

霞立つ ながき春日を 子どもらと
手まりつきつつ この日暮らしつ
○〈良寛/江戸〉
(放浪の旅あと妻子もたず清貧の僧)

たのしみは まれに魚ウヲ煮て
児等コラ皆が 
うましうましと いひて食ふ時
◎〈橘曙覧タチバナノアケミ/江戸幕末〉

春がすみ いよよ濃くなる 真昼間の
なにも見えねば 大和と思へ
○〈前川佐美雄/昭和戦前、14年〉

マッチ擦る つかのま海に 霧ふかし
身捨つるほどの 祖国はありや
〈寺山修司/昭和戦後〉

夕闇に まぎれて村に 近づけば
盗賊のごとく われは華やぐ
〈前登志夫/昭和戦後〉
(前川佐美雄に学び奈良吉野で林業)
(家を継ぐために帰った時の心境)

のぼり坂の
ペダル踏みつつ 子は叫ぶ
「まっすぐ?」、そうだ、
どんどんのぼれ
◎〈佐々木幸綱/昭和戦後〉
(ダイナミック男性的。戦後の父親像)

竹の子や 児チゴの歯ぐきの
うつくしき
〈服部嵐雪ランセツ/江戸〉
(芭蕉の弟子)

雪とけて 村一ぱいの 子ども哉カナ
◎〈小林一茶/江戸〉
(52歳で故郷長野を。子ども好き)

算術の 少年しのび泣けり 夏
○〈西東三鬼サイトウサンキ/昭和戦前〉

苺ジャム
男子はこれを 食ふ可らず
◎〈竹下しづの女/昭和戦前〉

石段の はじめは地べた 秋祭
○〈三橋敏雄/平成〉


(推し俳句)

我が寝たを 首あげて見る 寒さかな
○〈小西来山/江戸〉
(芭蕉と同時期大阪で。妻没後50歳代)

金剛の 露ひとつぶや 石の上
〈川端芽舎ボウシャ/昭和戦前〉
(長い闘病生活の中、朝露を)


(推し短歌)

白き霧 ながるる夜の 草の園に
自転車はほそき つばさ濡れたり
〈高野公彦/昭和戦後〉
(物質に対する慈愛性を感じる)

ひまはりの アンダルシアは
とほけれど とほけれど
アンダルシアのひまはり
〈永井陽子/平成〉
(イベリア半島のアンダルシアを大切に思う)


◆選者/朗読/ゲスト/司会

▼選者(短歌)

栗木京子 現代歌人協会理事長

渡部泰明 国文学研究資料館長

穂村 弘 歌人 

▼選者(俳句)

復本一郎 神奈川大学名誉教授

宇多喜代子 現代俳句協会特別顧問

岸本尚毅 俳人

▼朗読

加賀美幸子(短歌)、橋爪功(俳句) 

▼ゲスト

風間俊介、ヤマザキマリ 

▼司会

中川 緑


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