11月3日の読売新聞の記事。

三笠宮寛仁さま、女性天皇容認に疑問…会報にエッセー (読売新聞)

 三笠宮寛仁さま(59)が、自身が会長を務める福祉団体の会報で「女性天皇」に触れ、「歴史と伝統を平成の御世(みよ)でいとも簡単に変更して良いのか」と、疑問を投げかけられていることがわかった。
 
 皇籍を離脱した元皇族の復帰や、元皇族を女性皇族の養子として皇位継承権を与えるなどの方法により、男系継承を守るべきだとの考えを示されている。小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は女性・女系天皇の容認を打ち出し、最終報告書の取りまとめに入ったが、この問題について皇族が考えを明らかにしたのは初めて。

 寛仁さまの意見が掲載されているのは、福祉団体「柏朋(はくほう)会」の会報。寛仁さまは「とどのおしゃべり―近況雑感」という題でエッセーを連載しており、その最新号で「政治問題で口出し出来ないのですが、会報は市販されておらず“身内”の小冊子と理解し『プライヴェート』に語るという体裁を取ります」と断って「女帝問題」を論じられている。

 寛仁さまはまず、「万世一系、一二五代の天子様の皇統が貴重な理由は、神話の時代の初代・神武天皇から連綿として一度の例外も無く、『男系』で続いて来ているという厳然たる事実」と強調。〈1〉皇籍離脱した元皇族の皇統復帰〈2〉女性皇族(内親王)に元皇族(男系)から養子を取れるようにし、その方に皇位継承権を与える〈3〉廃絶になった秩父宮や高松宮の祭祀(さいし)を元皇族に継承してもらい、宮家を再興する――などの方法を挙げられている。

 その上で、「陛下や皇太子様は、御自分達の家系の事ですから御自身で、発言される事はお出来になりません」とし、「国民一人一人が、我が国を形成する『民草』の一員として、二六六五年の歴史と伝統に対しきちんと意見を持ち発言をして戴(いただ)かなければ、いつの日か、『天皇』はいらないという議論に迄(まで)発展するでしょう」と結ばれている。

 天皇や皇族は憲法上、政治的な権能を有しておらず、有識者会議はその意見聴取をしていない。

う~ん、日々バカなことを言って過ごしている大学生には難しい話題だ。
この記事が掲載されたのが11月の初頭。それから、ずっと考えていた話題。
ただ、未だに納得いく結論にたどり着けないでいる。
ただ、おおむね、三笠宮様のご発言には賛成だ。
天皇制において「万世一系」ということが、いかに重要であるのか。
国民は再認識するべきではないだろうか。そういった意味で三笠宮様の発言は貴重だ。

敬宮愛子様がお生まれになった当時、私は近い将来女帝が誕生すると確信した。
これで、日本も西洋のように男女の隔てなく国家の象徴たることができるんだ!と嬉しささえ覚えた。
当時、中学3年か高校1年だったと思う。
中学校最後の担任の先生は日教組の活動に熱心だった。1年中が平和授業のような感じだった。
今でも、その先生のことは尊敬しているが、良くも悪くも私は影響されていた。

今はっきり言えるのは「万世一系」を絶やすべきでない。ということだ。
神話の御世から、神など日常的にあまり意識されない現代の日本まで、連綿として続いてきた皇統。
もはや、その存在自体が「神話」であり「日本固有の文化」となっている。
日本の歴史は神武天皇から今上陛下に至るまでの125人の天皇を中心に創られてきた。
この「神話」を護ることは日本のアイデンティティーを護ることに他ならない。

戦後から平成に至るまでの間に日本の美徳や伝統・文化を破壊しようとする言動が横行している。
2665年という想像も及ばない長い歴史からすれば、一瞬ほどしかない平成でこれを否定していいのだろうか?それは歴史や祖先への冒涜になるのではないだろうか?

ただ眼前に横たわるのは、現実問題として後継たる男子が皇族にいないということだ。
天皇陛下のお孫の世代に男子は一人もいないということだけだ。

制度としての天皇制の存続を第一に考えるのか、文化・物語としての皇統の存続を第一に考えるのか・・
どちらを優先すべきなのかは未だに分からない。
政治的な発言権が皇族には無いとはいえ、この問題に関しては天皇陛下をはじめ皇族方の意見も聞くべきではないだろうか。歴史を軽んずる学者や政治家だけで解決させてはいけない気がする。

書いているうちに訳が分からなくなってきた。