
6月19日、北九州、いや九州にとってかけがえの無い人が逝った
住宅地図大手ゼンリンの大迫忍最高顧問が59歳の若さで死去した。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050619-00000055-kyodo-soci
僕はゼンリンのお膝元に住んでいる。
本社が小倉の市街地に移転するまでは町内に本社があった。
大迫氏の邸宅は今でも町内にある。僕の行く美容院の隣だ。窓から見える。
本社が小倉の市街地に移転するまでは町内に本社があった。
大迫氏の邸宅は今でも町内にある。僕の行く美容院の隣だ。窓から見える。
なんで今頃こんな記事を書いたかというと、先週生前の大迫氏をテレビで見たからだ。
ご覧になった方もいるのではないだろうか。
NHKのプロジェクトX「列島踏破30万人 執念の住宅地図」の再放送だ。
生前の大迫氏の姿を見るとむしょうに寂しくなった。
ご覧になった方もいるのではないだろうか。
NHKのプロジェクトX「列島踏破30万人 執念の住宅地図」の再放送だ。
生前の大迫氏の姿を見るとむしょうに寂しくなった。
「55歳で引退する」とかねてから公言していた大迫氏は4年前にゼンリン社長を辞任。
以後、私財を投げ打っての地域貢献に奔走する。
小倉玉屋の再建や小倉そごう跡への伊勢丹誘致など。
晩年は新北九州空港の運営会社の社長に就任し、開港準備にも携わっていた。
「市長と第一便の飛行機に乗るのが夢」と語っていたというが、叶わなかった。
以後、私財を投げ打っての地域貢献に奔走する。
小倉玉屋の再建や小倉そごう跡への伊勢丹誘致など。
晩年は新北九州空港の運営会社の社長に就任し、開港準備にも携わっていた。
「市長と第一便の飛行機に乗るのが夢」と語っていたというが、叶わなかった。
「企業の社会性」を真剣に考え、「経営者は自社の利益、目先の利益だけを追うべきではない」という経営理念。北九州・福岡の交流による発展を願い、地元・北九州の将来を憂い私を滅して働いておられた。
私の尊敬する人だ。一度でいいからお会いしてみたかった・・。
本当に、今の九州に無くてはならない人を亡くした感じがする。
これから誰が牽引していくのだろうか?
私の尊敬する人だ。一度でいいからお会いしてみたかった・・。
本当に、今の九州に無くてはならない人を亡くした感じがする。
これから誰が牽引していくのだろうか?
安らかにお眠り下さい