ねこちゃん飼ったことある?
無いけど ある!!
格好つける訳ではないが、私は猫と生活はした事はあるが、飼った事は無い。
当時、高1の娘が周到に企んだ計画に乗らされ、母猫と子供二匹と暮すようになった。子猫のオスはすぐに車に轢かれて死んでしまった。前日、私が写真を撮ったのだが、娘と息子が「父さんが写真を撮ったから死んだ」とえらく非難された。
メスの子猫は一年後に妊娠した。母猫は余り家には入らず、外から子猫の面倒を見ていたが、子猫が無事出産すると、ぴたっと来なくなった。六匹生まれたが、次々と腸をやられて死んでいった。一匹だけ食欲旺盛なのがいて、他の猫が弱っていくのに、どんどん身体がおおきくなり、結局、その一匹だけが生き延びた。
この「デブ君」、結局、娘が大学を卒業し就職、結婚、結婚後十年たって子供を産んだ、その孫娘が3,4歳になるまで長生きしたのである。
デブ君の母親はこの7年ほど前に18歳で死んでいる。弱って来た時、毎日のように医者に通った。あまりにも苦しむので「楽にしてやって下さい」と先生にお願いしたら
「私は動物とはいえ、自分の手で命をどうのするのはできません」
といわれた。最後は苦しんで亡くなった。
デブ君は間もなく23歳になろうかという3月に一気に衰えたが、母親の事もあり、点滴などあまりせずに、ただ見守っていた。そのせいかどうかデブ君は静かに眠るように旅立っていった。
明くる日、動物霊園でもあるお寺で読経、荼毘。申込書を書き進め、年齢欄に22歳と記入していたら、係の男性が奇声を発した。
「えっ、凄い、年齢換算表をはみ出している!」と。
確かに、換算表には「20歳」までしかなかった。
これだけ長く一緒に生活していると、本当に家族のようなもの。孫が生まれてから、週に一度、娘の家に行っていたのだが、夜、8時ごろ帰宅すると、二階の出窓にデブ君の白い姿が暗闇に浮かんで見えたものだ。一日留守にする私たちを待っていたのだろう。
デブ君が亡くなっても、娘の家から帰ると、つい、癖で二階の出窓を見上げてしまう。暗闇の中にデブ君の姿は無いが、何か白いものがいるように思えてしまう事が時々あった。
あれからもう12年目の3月がすぐやってくる。
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