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さらまんだの競馬と珈琲と音楽と

珈琲を含み音楽を聴く。そして競馬を予想する。当たったら何を買おうかな。物欲も旺盛でちっとも枯れない爺のあれこれ。

百人一首やったことある?

 

 子供の頃、正月にやりましたが、すぐに「坊主めくり」に。

 今、ボケ防止に百首諳んじています。やめるとすぐに忘れるので、毎日、風呂のなかでよんでいます。

 最近は作者もすべて覚えましたが、歌も作者も一から百まで連なって覚えてしまったので、「何々の歌は?」とか「これは誰の歌?」と訊かれてもすぐには答えられません。

 ただ、例えば秋の夜に外へ出た時、綺麗な月が目に入れば「月見ればちぢに物こそかなしけりわが身ひとつの秋にはあらねど」なんて歌が口に出て、しばし歌の世界に浸れることも。

 

 

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自転車に乗れたのは何歳?

 

 恥ずかしながら11歳(小5)でした。運動神経さっぱりの男子でした。当時の事とて子供用の自転車なんて一部のお金持ちの子弟しかもっていませんでした。

 皆、大人用の自転車で、いわゆる「三角乗り」で練習したものです。

 その日、神社の広場でとうとう乗れるようになって、嬉しくて広場を走り回っていた時,友人たちが走って来て「おい、○○駅のそばの踏切で人が轢かれたぞ!」と教えてくれたのです。私たちはいつものようにその駅に向かって駆けつけました。不謹慎な話ですが当時は今と比べて「退屈で」「楽しみの無い」時代だったので、こんな悲しい出来事でも野次馬根性で駆け付けたものでした。

 現場の踏切へ行くと、少しの野次馬と、掃除の係の人が働いているのみでした。

 馬鹿な私はわざわざ踏切に入り込み、レールの間に「見てはならないもの」を見てしまったのです。

 自転車に乗れた嬉しさも吹っ飛び、その夜の夕食も喉を通りませんでした。

 今は高架になったその路線、事故は無くなりましたが、高架になるまでに、幾人かの方々が亡くなられました。私はその後、事故の報せを聞いても決して駆けつける事はしなくなりました。通勤通学のためその路線の踏切を数えきれない程渡りましたが、警報が鳴っていなくても左右をしっかりと見て、注意深く慎重に渡ったものでした。

 

 余談ですが、何を思ったのか64歳になって「クロスバイク」を買いました。ヘルメットも買いあちこち走り回りました。いまでもバイクは玄関に置いてありますが、高齢になり家内より「使用禁止命令」が出ています。時々、外に出して掃除などしてから、こそっと近所を一周しています。

 

 

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旅行の思い出はたくさんありますが、開港記念日と言う事で成田空港の思い出を。

 

 初めての海外旅行はイタリアへのツアーでした。セントレアはまだなくて小牧空港から成田空港へ飛びました。小牧で荷物検査等をしたのですが、成田でも同じく検査があり、金属探知機に引っかかってしまいました。

 初めての海外と言う事で、色んなものをフィッシングベストに収めていたのが原因でした。ツアーのメンバーは検査をパスしてどんどん去っていきます。焦りました。よくもこんなに詰め込ん だと自分に呆れるばかり。 まさに出しても出してもピーピーと。係の若い女性も困惑の態。 

 なんとかパスして、トレーに出したものをリュックに放り込んで、後を追いかけましたが、誰もいません。幸い家内がメンバーの向かった先を見ていたようで、家内についていき階段を上がると、皆が心配そうに待っていました。お詫びを言いつつ、こうこうしかじかと報告すると、メンバーの一人の男性が「そういう時はベスト脱げば良いですよ」と教えてくれました。

 本当にあのまま成田に取り残されてしまうのではと思いました。

 

 

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