柴田元幸さんのエッセイ「ケンブリッジ・サーカス」を読んでいました。
柴田先生は東京大学の米文学の名誉教授にして、翻訳界のレジェンドです。
レベッカ・ブラウンなんてアメリカ本国よりも日本のほうが評価が高いのは柴田先生のおかげ・・・というほどの翻訳家です。
で
私と同学年
いくつもの翻訳を拝読し、畏敬の念を持っていましたので、同級と知った時には、親近感がわくような恐れ多いような複雑な気分になったものです。
今回初めて読んだエッセイで親近感はさらに深まりました。
「なぁぁんだ 先生もそうだったんだぁ」と。
曰く
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幼稚園にはじまり、小中学校ずっと僕は、たいてい運動に関して、クラスのみんなができるのに僕だけできないという事態を何度も経験した。
そういう「僕一人だけできない症候群」の第一弾が、幼稚園での「スキップ」だった。
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おんなじだぁ。。。。先生に一人だけよばれてスキップのやり方を教えてもらった。。。。ってのも一緒。
ところがモトユキ君が無事できるようになったスキップが私は教えてもらっても上手くできなかったというさらに最悪な過去があります。
まだ4-5歳だったはずなのに、屈辱感だけは鮮明に記憶に残っています。
そして、「僕一人だけできない症候群」は続く学校でも逆上がり 跳び箱 と続いたというのもまったくモトユキ君と同じ。
勉強が少しだけできたと言っても(モトユキ君はものすごくできたはず) 「僕一人だけできない症候群」がダメダメな自分を決定付けるのです。
スポーツができない、というよりも、人よりかなり能力的に落ちる、という刷り込みはあの時代、どうしようもない劣等感に繋がりました。勉強yが普通でも運動で抜きん出ている子供は決定的なスターに見えました。
その後、文学 翻訳の世界で一家を成した柴田先生が同じ時代に同じような劣等感を持っていたことを知って少しだけホッとしたわけです。
あの頃に自分に声をかけることができたとしたら「心配することないよ。そんな”できない症候群”なんて後で笑い話にしかならないから」と落ち込んでばかりいた自分に言ってあげたい。
