GW帰省で思ったこと | イタイ45(@_@)の真面目にうつと闘ってみよう日記 - なるべく毎日更新

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うつ病治療記、難病支援、えん罪被害者支援、日々のことなどいろいろ

こんにちは。

久しぶりに単独でアメブロとしての記事を書きます。(最近はスマホからアプリでアップするSimplogから同時投稿ばかりなので)

テーマは、自分のうつの治療についてです。
他にもいろいろ書きたいこと、書かなければと思っていることはたくさんあるのですが、もともと自分のうつ病治療と向き合うために書き始めたブログだし、またこうして治療や他の事についても書いてみようという気になったことが、多少よい状態なのかなと思われ、今回は治療のことをm(_ _)m

いつもながらくだくだと前置きが長くなりましたが、先日も書いたようにGWに久しぶりの長めの帰省をしてきました。
今までワンコがいてあまり家を空けられなかったし、ワンコの治療には母からの金銭的な援助が欠かせずたいへんお世話になったお礼と、これも久しぶりの父の墓参りもかねて。

実は帰省直前のカウンセリングで、私があれやこれや思い巡らしたり悩んだりしていることについて、母親なんだし、少しは「察して」くれないかという気持ちと、いやそれは期待できないだろうと思う自分と、それでもやはりどこかで期待してしまう自分もあり、ごちゃごちゃの堂々巡りみたいになってる気持ちをカウンセラーに伝えていたところ、

「んー、でもお母様もずいぶん長くあなたを通じて『うつ』と関わってきたわけだし、それでも『察して』もらえないのは、それはもう難しいということでは」

と、言われ、

(えっ…? ええぇっ!(゚o゚;;)

みたいに、内心かなり焦ったのでございます💧

(難しい?…無理…無理?…無理なのかな(・_・;)

という思いが去来するうちにその日のセッションは終わってしまい、胸の中に「❓」マークを抱えたまま、帰省の途に着いたのでした。

そういう思いが影響したのか(たぶん間違いなくしたでしょう)、今回の帰省では日程的にも母や姉と話す時間も多く取れたこともあり、今まであまりしなかったことを、恐る恐るしてみました。

それは私のうつについての具体的な事や自分の感じていることなどを、家族に話してみることでした。

姉には以前ちょっと話す素振りを見せたところ、「あ~、私はそういうの理解できないから」とはっきり拒否された経験があり。
母には「私は嫌なことなんかあってもいつまでもクヨクヨ考えないの!そうして寝てしまえば次の日には忘れてるから」と、まるきり性格が違うことを思い知らされ、従って何のアドバイスにもならない話を聞かされたので(忘れられればいいのはわかっているが、そうそう簡単に忘れられないから苦しんでいる)。
「うつってどんな風になるの?」と母に尋ねられても「憂うつな気分になるんだよ」としか答えないようになっていました。

でも今回、他の話で「○○は絶対電話に出ない。メールしかしてこないんだよ!」と訝っている母に、

「私も電話苦手なの。メールに比べてずっとハードルが高い」

と打ち明けてみました。

母はしばしキョトンとしていましたが、「え~⁈ なんで?なんで電話苦手なの?」と好奇心を露わにしてきたので、私が思う自分が電話が苦手な理由を説明して、「だからその子も似たような理由で、電話が苦手なのかもしれないよ」と言ってみました。

母は、理解はできないようでしたが、「そんなのおかしい」とか自分の理屈を押し付けてくることもなく、何か考えているようでした。

次の日、前述の姉も昼食を共にしたので、母はさっそく「この子も電話苦手なんだって」とメンタリティの似ている(と思われる)姉に打ち明けて考えを聞こうとしているようでした。
姉も不思議がっているようだっだので、「職場で仕事の電話に怖くて出られないとかいうことはないのだけれども、自分のプライベートなことで電話で話すのは神経を使うので苦手なのだ」ということを説明しました。
油断して低いテンションのまま電話に出てしまうと、「なぁに?元気ないの?」と母に不機嫌そうに言われるので、きちんと心の準備をしてからでないと出られないことも。

母は「だって元気ない声だったら心配するじゃない!」と反論してきましたが、それでも、母の不機嫌な声を聞くのが怖いので、わざと声を張って元気良さそうに電話に出ようとしてしまうし、実はそんなに元気じゃない本当の自分を気どられないかと神経をすり減らして会話してるのだと伝えました。

あとは、これも初めて話したのですが、幼い頃から入眠困難で、従って朝は起きられなくて困ったこと(これについては母も姉も朝寝坊のところだけはよく覚えがあるようでした)、それについては眠りをもたらす脳内物質の分泌状態が悪い体質だったかもしれず、そのことがうつになることにも関連してるかもしれないと考えていることも伝えました。

母はそういった話に驚きながらも、否定したり責めたりすることはせず、何か思うところはあるけれども見守ってみようとしているようでした。

母もまだまだ元気とはいっても、かなりの年を重ねて変化してきた部分もあるようでした。
以前は話を途中で遮られて聞いてもらえなかったり、自分が正しいと思うことを一方的に告げられて話が終わってしまうことが多かったので。

それに、私が自分自身のことを自ら語ったことで、少なくとも「何にも話してくれなくてぜんぜんわからない」という状態から「言ってることはあまり理解できないけれど、何か共有しようとしている」という感じに変わったのではないかと思います。

私はこれまで、「理解してもらえないから、話しても仕方ない」みたいに考えていたのですが、話してることを理解してもらうことも重要だけれど、「話す」という行為自体が大切で、それを積み重ねていくことでお互いに安心感や、認めて理解していこうという気持ちを持てるようになるのではないかと思いました。

他にもいろいろ感じたことがあり、帰省後に受けたカウンセリングで今回感じたことを話すと、カウンセラーは

「とても大きな一歩ですね」

と評価してくれたようでした。

わかってもらえない寂しさのようなものはこれからも感じていかなければならないかもしれないけれど、元々私と母や他の家族とは別個の人間で性格もいろいろだから完全に分かり合えることはないのかもしれないし、それでも背中合わせになって表情もわからないよりは、向き合って相手を見たり言葉を交わしたりすることでお互いにずっと気分が楽になるかもしれないと思います。

毎朝父にお線香をあげるたびに私が元気になるようにお願いしてくれてるという母に感謝しつつ、どのように関わっていくのがお互いのために良いのか、考えていきたいと思います☆

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