一の谷~須磨寺~湊川神社~親王寺(芦屋) | 板原村のだんじり会館

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だんじり時々、旨いもの♪
2006年にヤフーブログを開設、これまでの多くの人との出会いに感謝。
「館長いつも見てるよ!」と声をかけてくださる方々が各方面にいて、そういうのがブログを継続して頑張れる源なのです。

どうぞご贔屓に。
ごゆっくりどうぞ。

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6月26日(日)
午前10時半。

あっつい一日のはじまりです(汗)。
蒸し暑いし、時々、雨もパラパラ・・・

少し前から計画しておりました神戸方面の歴史探索。
前夜に前梃子の用事を済ませたあと、二人して恒例の(?)飲み会の席。
酒もすすみ、「明日行こか~!」という軽いノリで決定。。

・・・ってな訳で、久しぶりに前梃子の相方でもあります房吉さんと出かけてきました♪

あいかわらず盛り沢山の内容となりました。
では、おつきあいください。。。(笑)



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▲まずは国道2号沿いの須磨浦公園の西にあります「敦盛塚(あつもりづか)」から。

「一の谷の戦い」で源氏の武将・熊谷直実(くまがいなおざね)に討たれた若武者・平敦盛(あつもり)の胴体が祀られていて、その「供養塔」であると言われています。
高さ約3.5メートルの五輪の石塔で、室町時代のもだそうです。
国道を挟んですぐ南には須磨の海が広がっていて最高のロケーションでした。。。



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▲お手を清めてお参りを・・・ん!?
 房吉さん・・・何やってんねん!?(汗)



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▲公園内には“源平合戦800年記念碑”というモダンな碑がありました。
 公園の山側には山陽電鉄、濱側にはJR線がひっきりなしに走ります。
 
 コンテナ貨物を引く「EF65-1000」が目の前を快走!
 その美しい姿に思わず一枚(笑)。。



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▲「戦の濱」の碑
 この「須磨浦公園」一帯は、源平・一の谷合戦の激戦の地でした。
 平清盛が福原に遷都し、平家の根拠地として栄えた神戸でしたが、西国へ逃れる平家の敗北を決定的
 にした一の谷合戦はこの辺りだといわれています。
 寿永3年(1184)2月7日義経の奇襲「逆落し」によって、戦局が一転し平家軍の多くが討死したと伝
 えられています。
 この1184年に「一の谷の戦い・坂落とし」があったことにちなんで、毎年旧暦2月7日早朝には
 “馬のいななきが聞こえる”・・・と地元では言われているそうです(汗)。




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▲須磨浦公園から車を少し東へ走らせて・・・
 山陽電鉄須磨寺駅のすぐ北にあります「平重衡(しげひら)とらわれの松跡」の碑に向かいました。
  
 狭い道・一方通行、難儀した末に見つけたのは写真にあります小さな“石碑”だけ(涙)。。



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▲お次は「須磨寺」です。
 敦盛をはじめ、一の谷の合戦に纏わるものなどがあり、このお寺を楽しみにしていました。
 ・・・では、お参りしてきます♪



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▲房吉さん!
 ・・・相撲の前の「力水」と勘違いしてへんか!?(汗)。。
 気を取り直して、まずは“桜寿院”へ向かいました。



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▲その桜寿院の彫物です。
 阪神淡路の震災のときに被災されたとのことですが、彫刻は比較的新しいように見受けました。
 越後の巨匠・石川雲蝶を連想させる雰囲気の作ですね。
 それにしても、蛙股・木鼻ともに、よう彫られてます!



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▲「須磨寺」といえば、この庭がお馴染み。。
 だんじりの彫刻にもよく採用されてます「熊谷次郎直実、平敦盛を呼び戻す」の名場面。

 ・・・えぇなぁ。


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●平家物語から抜粋です。。
寿永3年2月鵯越えの坂落としにより、平家方が惨敗を喫し、海岸へと味方の船を求め殺到した。
直実も平家方を追って、沖の方へ馬を泳がせている若い武将を見つけた。
「後ろを見せるとは卑怯なり、返せ、返せ」と呼んだところ、若武者は馬を戻した。
二人は一騎討ちとなり、共に馬から落ちて組み合いとなった。直実が勝って、首を取ろうと相手の顔を見た。あまりに美しいので名前を尋ねると、自らは名乗らず直実に名乗らせた。その名前を聞いて「良き名前なり、我が名は誰かに聞けば知っている者もあろう」と言って、首を差し出した。

直実はためらったが、他の味方の兵士が近付くのを見て、涙をのんで、その若武者の首をはねた。
その時に、若武者の腰の笛に気づいた。その戦の朝、陣中で聞いた美しい笛の音色は、この若武者のものであったのかと思いいたった。
このことから、直実は、殺し合わねばならない戦の世に無常を感じ、出家を決意することになる(後に熊谷蓮生坊)。
この笛が小枝の笛と呼ばれる通称青葉の笛である。
・・・泣けますね(涙)。。



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▲奥の高台からの眺めです。



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▲そしてしばらく境内を散策しておりますと・・・
 熊谷次郎直実が、源義経に平清盛の甥・敦盛の首を見せるために、首を洗ったといわれる
 「敦盛首洗いの池」があります。(合掌)




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▲そしてそのすぐ横に、「義経腰掛の松」という朽ちた松の幹がありました。
 松に義経が腰をかけて敦盛の首を確かめたというお話です。




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▲敦盛公墓所(首塚)です。
 なんとも言えない物悲しい雰囲気でした。。(合掌)



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▲さてさて・・・
 国道2号線をさらに東へ。
 神戸の繁華街を抜けて「湊川神社」へ到着です♪
 ここは、時代を遡りまして・・・南北朝時代・太平記ですね(笑)。。



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▲「大楠公御墓所」とありました。
 ここには、あの楠木正成公の墓、そして徳川光圀公(水戸黄門)の銅像があります♪
 


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▲その楠木正成公の墓です・・・(合掌)。

 ・・・しかし
 この間、何箇所も「蚊」に刺されてえらいことになる二人(汗)。。。



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▲雨にみまわれましたが、本殿にましっかりお参り。。(合掌)




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▲“菊水”の意匠。



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▲そして、この日のメインイベント!!
 実は、最大の目的がこのお寺さんです。

 芦屋にあります「親王寺(しんのうじ)」さん。

 まだ木の香りが新しいピカピカの本堂へ上がらせていただきました。
 ここには、あの方の彫刻、しかも「最新作」がありまして・・・♪

 この親王寺さんの彫刻は、後日特集でアップしますのでお楽しみに~!!
  



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▲自分へのおみやげ♪
 須磨寺で購入した敦盛の絵馬、500円也。



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▲和泉市上代地車・見送り彫刻の敦盛(高濱師作)





いかがでしたか~?

朝から家族ほったらかして「歴史探索」に出た二人。。(汗)
もちろん、このあと、しっかりフォローしたのは言うまでもありません。。。
まぁ、たまにはいいか~♪

房吉さん!
前夜からお疲れさんでした。

さて・・・
次はとこ行く!?(笑)