2014年6月11日発:
下記サイトから:
http://www.sueddeutsche.de/panorama/prozessbeginn-im-fall-yagmur-ein-langsamer-tod-1.1993728
このサイトにあるYagmurちゃんの墓標は 木の板(昔のりんご箱に使ったような幅15センチほどの板)に黒のペンキで名前が書かれている。
2013年12月、Yagmurちゃん(三歳)はおそらく両親に虐待され、亡くなった。家庭での悲劇だった。そして役所の弱点も示した。肝臓の裂傷による内出血のための死亡であると 解剖報告書は述べている。
2014年6月11日(水)にハンブルク裁判所で 両親は弁明する。母親は殺人で告訴されている。父親は身体損傷で告訴されている。管轄の役所が多くのことを見落としていたことに 激しい非難がおきている。なぜ誰もYagmurを救出できなかったのか?なぜ青少年局・里親・医師・裁判所が介入しなかったのか?
2010年10月にYagmurが誕生して、しばらく後にYagmurは里親家庭に移された。実母は現在までホームレス施設で暮らしていて、生きていくのに負担が重すぎると感じている。実父(25歳)は警察で乱暴者のとして知られている。
両親は養育権をもち、娘を定期的に訪問することは許されていた。家庭が安定したら、娘を引き取ると親は常に言っていた。この安定は決して実現しなかったにもかかわらず、児童青少年局は 子どもを家庭に戻した。クリスマスまで後 一週間のときに 三歳の子は母親の家庭内でひどい虐待のために死んだ。
遺体には80の血腫があった。事件の前に里親は児童青少年局に繰り返し 傷害について伝えていた。2013年1月に頭と膵臓をひどく傷つけられて入院した。その後 Yagmurは児童保護ハウスに入った。なぜなら 彼女を傷つけたのは実母か里親か はっきりしなかったからだ。児童青少年局は 両親から養育権を取り上げるために 家庭裁判所に訴訟をおこした。両親は異議を唱え、検察は捜査した。2013年5月に検察の捜査が終っていないのに、子どもは実の親に渡された。それから数ヶ月後に 致命的間違いが起きた。
この事件を扱う家裁の裁判官は この間違いについて非難されるべきだ。裁判官はたとえば告発した医師に虐待による傷害が起きたか 尋ねることができたであろう。
この事件について この地区で数人の青少年局職員がかかわった。2013年6月に家族は引越し、上記地区の青少年局は管轄でなくなった。情報は転送されたが、引越し先の地区の青少年局へは 全ての詳しい事柄は伝わっていなかった。その後、担当の職員が病気になり、事件が別の職員に引き継がれた。またしても 込み入った家族の記録の大切な部分は失われた。
◎ハンブルク青少年局の「構造的過重負担」:
ハンブルク市の調査委員会は その間に何がうまく行かなかったのかを解明しようとしていた。3月以来、会議を開き、2015年1月には 最終報告書が提出される。ハンブルク社会局のシステムの欠陥をあばくために 多くの時間はない。
6月初めに委員会は 一般社会サービス局(ASD)に取り組んだ。中間報告によるとASDの職員は過重労働である。プロジェクトが多すぎ、職員が少なすぎるため サービスに負担がかかり過ぎる。100件までの事業を一人の専門担当者が同時にかかえている。新しいコンピュータへの乗り換えのために、役所の仕事がまた増える。
2012年には 11歳のChantalちゃんが薬物依存症の両親のもとで暮らしていて、ヘロイン代替物メタドンの過剰摂取のため死んだ。この事件の後に 役所はもっときちんと働くことを約束した。当時、既にコーブレンツ大学の調査は ハンブルクの青少年局の「構造的過重負担」を報告していた。
その半年後にYagmurちゃんが死んだ。その間に検察は母親を主要な被疑者とした。次に父親に疑いを向けた。しかし家族の周りにいた証人が尋問された後に捜査官の評価・判断が変わった。
2013年12月13日に何が起きたのかを 審理は明らかにするだろう。青少年局と社会サービス局が警告に対して よりよく反応するには どうしたら いいかについて、調査委員会は意見を述べるだろう。この二つの役所が明らかにできないであろうことは、なぜ母親が自分の子に暴力をふるうに至ったのかと言うことだ。