日本経済新聞2016年1月25日(月)文化欄から抜粋。
見出し:孤児救済 よみがえる絆。ポーランドの子供救った養護施設、世紀を超え交流再開。記事の著者は土屋学(福田会 常務理事)。
約1世紀前のロシア革命後の混乱期、シベリアにいたポーランド人の子どもたちが日本によって救われた。当時、シベリアにはロシア帝政時代にとらえられた政治犯の子孫や第一次世界大戦の戦火を逃れたポーランド人が多数 暮らしていた。革命後の内戦などで親を亡くした孤児は祖国に戻るすべもなく、窮地に陥っていた。外務省と日本赤十字社が いくつかの施設に子どもたちを受け入れた。
1920年と1922年の2回にわたり 1~16歳の計765人の孤児が来日し、東京と大阪に1年ほど滞在。その後、全員が無事 祖国にたどり着いた。第一陣の375人を受け入れたのが 東京・広尾にある福田(ふくでん)会育児院、現在の社会福祉法人・福田会だ。福田会は仏教諸宗派が合同で貧窮孤児らを救済するために1876年に設立し、79年に仏教系では日本初の児童養護施設を開設した。
昨夏に福田会育児院史研究会代表の宇都栄子 専修大学教授に編集をお願いし, 記念誌「福田会のあゆみ」を刊行した。
見出し:孤児救済 よみがえる絆。ポーランドの子供救った養護施設、世紀を超え交流再開。記事の著者は土屋学(福田会 常務理事)。
約1世紀前のロシア革命後の混乱期、シベリアにいたポーランド人の子どもたちが日本によって救われた。当時、シベリアにはロシア帝政時代にとらえられた政治犯の子孫や第一次世界大戦の戦火を逃れたポーランド人が多数 暮らしていた。革命後の内戦などで親を亡くした孤児は祖国に戻るすべもなく、窮地に陥っていた。外務省と日本赤十字社が いくつかの施設に子どもたちを受け入れた。
1920年と1922年の2回にわたり 1~16歳の計765人の孤児が来日し、東京と大阪に1年ほど滞在。その後、全員が無事 祖国にたどり着いた。第一陣の375人を受け入れたのが 東京・広尾にある福田(ふくでん)会育児院、現在の社会福祉法人・福田会だ。福田会は仏教諸宗派が合同で貧窮孤児らを救済するために1876年に設立し、79年に仏教系では日本初の児童養護施設を開設した。
昨夏に福田会育児院史研究会代表の宇都栄子 専修大学教授に編集をお願いし, 記念誌「福田会のあゆみ」を刊行した。