月刊 中央公論2009年7月号 p136~143.
から抜粋。(記事は この雑誌を買って 読んでください)

子殺しという背景の伴わない親殺し事件はない。
ここでいう子殺しとは、存在論的子殺しと呼ぶべき事態である。
子どもの存在の基底である 安らぎを奪う行為、家族の中にいる
にもかかわらず、あるいは 家族があるにもかかわらず、その家族が
空洞化しているために 子どもを孤独へと追い込む行為である。
孤独への 追い詰められた子どもが、親殺しにおよぶ危険性を 
心とからだに 帯びてしまう。

八戸母子殺害事件:
2008年1月、青森県八戸市で18歳の少年が同居している母親と
弟妹を殺害した。少年は殺人・死体損壊・放火という三つの罪に
問われ、2009年3月、青森地裁によって無期懲役刑を言い渡された。
検察側の「冒頭陳述要旨」をもとに、少年にとって存在の基底と
して不可欠である やすらぎの場を奪われ、孤独への追いやられて
いる過程を 暴力団組員であった父親の3回の逮捕を軸にたどる。
頼みの綱の両親が少年におこなった「子殺し」の実態が 
くっきりと浮かび上がる。

1. 1997年6月
父親一度目の逮捕。少年8歳。母親は飲酒にふけり、複数の
男性と交際・外泊を繰り返す。3人の子どもの養育は困難となり、
きょうだい3人は児童養護施設に託された。翌98年 両親離婚。

2. 2001年3月
父親2度目の逮捕。少年12歳。出所した父親が母親を伴って
施設にきょうだい3人を迎えにくる。
逮捕は親子5人が父親の実家で暮らしはじめて 3月目の出来事だった。
2003年3月 母親は生活保護を受け、3人の子を連れて、
八戸市内のアパートに転居。しかし酒浸りで 男を自宅に入れる
という毎日は変らなかった。
少年は引きこもり始める。
2004年7月母親と口論し、自宅に灯油を撒き放火しよとしたため、
少年は精神病院に入院させられる。半年後の2005年1月 退院、
父親と同居、少年は父親の露天を手伝い始める。

3. 2005年10月
父親、少年の目の前で3度目の逮捕。少年16歳。
少年は、ようやく始まったと思った父親と二人だけの、それなりに 
やすらぎのある 暮らしを失い、再び母親と同居することになる。
これ以降、少年は 空想的な内容の小説を書くようになる。
子ども3人を道連れに自殺したいと記された父親の日記を目にする。
小説の内容が しだいに家族内殺人をするものに変る。

父親の三度の逮捕は 三度の子捨てを意味した。同時に母親を
崩壊に追い込み、父を頼りにしている少年や母親や弟妹に対する
三度の裏切りでもあった。父親は 子連れの心中を考えていた。

母親は 子どもを受け止める役割を放棄した。育児放棄に子捨て
(養護施設に預ける)と続き、そして離婚というかたちで 家庭を
崩壊へと導いた。

父親は「いない」、母親は「いるのに いない」。この家族の空洞化
状態が 少年の孤独の実質であったと思われる。

◎この事件の他に 秋葉原事件、2007年9月に京田辺市で起きた 
父親である警察官を殺した事件についても 論じられています。

★ブログ管理人の蛇足:
子殺しにあった この少年は 8歳で児童養護施設に入った。
施設では よそは 知らないけれど 当市にある施設のうちの 
二つでは 職員から子どもへの暴力は 管理上 必要と考えられて
いるようなので そういう施設に彼が 入ったとすると、施設の中にも 
やすらぎは無い。大規模な施設では 年長の子どもからの 暴力もある。
里親が理想的なサービスを提供しているとは 言わないが、
施設よりは ましである。
施設の理事のなかには 「里親の手に負えない子どもを 施設で
引き受けているのだから 管理上 暴力も ある程度 認められる」と 
里親に 言う人もいた。