平田修三 ▼早稲田大学人間科学研究科。
月刊誌「春秋」2010年10月号、p.5~8.から抜粋:
(原文は 春秋社から直接、買えば読めます。定価71円、送料の方が高いと思う)
私が里親にはじめて出会ったのは大学二年生の頃だった。児童福祉論の授業に東京都の里親がゲストスピーカーとして招かれ、自身の養育経験を語ってくださったのだ。話を聞いて特に衝撃を受けたのは、子どもが二歳で乳児院から家庭に引き取られてきた当初のエピソードである。「一緒に店に買い物に行っても、店に陳列されている食べ物の種類をほとんど知らない」「人と目を合わせることをしない反面で、異常なくらい人にべったりと甘える」など、家庭で普通に育ってきた同年代の子どもと比較すると奇妙に思われるエピソードが次々と語られた。
そして、里子など生みの親の元を離れて暮らす子どもたちがどのような思いや困難を抱えて成長していくのかという問題意識から、2005年、児童福祉の教員と共に「早稲田大学里親研究会」を立ち上げたのである。
研究会の活動で大事にしてきたことは、里親や里子、児童福祉関係者の方に直接話をうかがったり、里親が参加する研究協議会などに積極的に参加したりすることを通して、まずは里親や里子の実際の姿を丁寧に捉えていくということだ。
こうした活動を通して肌で感じたことをもとに、今後の里子研究で必要と思われる二つの視点について論じてみたい。
★ライフストーリーワーク
研究会を通して親しくなった里子に話を聞いてみると、物心ついたときから、「記憶が消失している部分がある」「自分が里子になった理由をなんとかして納得していかないといけない」という思いを抱き続けてきた人が少なからずいた。これは生みの親から離れて育ってきた人たち特有の感情のようだ。
里子の場合、「目の前にいる親(里親)は自分を生んでくれた人ではない」という事実に直面することで「私は誰か?」という根底的な問いに囚われ、葛藤を抱えることが多い。
このような困難を抱える子どもを支援するアプローチの一つにライフストーリーワークがある。ライフストーリーワークはイギリス生まれの考え方であり、子どもが過去を受け入れ未来に向かって前進していくために、信頼できる大人との共同作業を通じて過去を整理し、人生の物語を構成していく作業のことである。具体的には、子どもに関係した人々や機関に出向いて子どもの過去の記録を収集したり、過去の情報や写真を貼りつけてそのときの気持ちなどを書き込んでいく「ライフストーリーブック」を作成したりする作業が中心となる。それにより子どもたちは、自分自身について語る方法を学ぶことができ、自尊心を高めることができるようになるという。
こうした状況を踏まえて、私は、成人した元里子(Aさん)に「自分の生い立ちをどのように納得してきたのか」というテーマでインタビューを行い、ライフストーリーワークの視点に立った里子支援のあり方について検討した(平田、2010年)。
Aさんは里母との会話を通して、自分が里子であるということは物心ついたときから知っていたが、「では、どうして生みの親は自分を育ててくれなかったのか」という理由についてはなかなか納得できなかったそうだ。また、自分の生い立ちについて誰に話を聞けばよいのかということも分からなかった。後にAさんは児童相談所が自分の生い立ちに関する情報を保管している機関だということを知り、児童相談所に話を聞きに行くことになるが、満足の行くような情報は得られずに、もどかしさを感じたそうである。
ここまでに紹介してきたライフストーリーワークの考え方やAさんのケースを踏まえると、里子を支援する際には、まずは以下のような視点を持つことが有効だろう。すなわち、「生みの親から離れて暮らす子どもにとって、自分の過去を知り、それを納得していくことは大事な課題であり、子どもが過去の情報を知りたいと思ったときにどこに行けば出自の情報が得られるのかを子どもに教えておく必要がある」ということである。ただし、過去の
情報があまりにも悲惨であり、里子がそれを受け止める心の準備ができていないような場合には、過去の情報の提示を慎重に行う必要があるだろうし、過去の情報を知ることで不安定な気持ちになった子どもへの対応についても考えておく必要がある。
★愛着からソーシャル・ネットワークヘ
続いて今後の里子研究において必要になると思われる、もう一つの視点について論じる。わが国では里子に関する研究はまだ少ないが、海外においては主として愛着(アタッチメント)理論の立場からそれは検討されてきた。愛着理論は、英国の児童精神科医ボウルビィが確立した母子関係理論であり、子どもが親に対する心理的な絆をどのように形成するか、そしてその絆が失われたときにどのような影響が現れるのかといったことを論じたものである。
子どもの発達にとって愛着が重要であるとしても、はたして重要な人間関係は母親との愛着関係だけなのだろうか。素朴に考えてみて、私たちは人生のなかで母親だけでなく、たくさんの人に出会い影響を受けながら成長していく。里子の場合においても、児童相談所のケースワーカー、あるいは里子の仲間、学校の友達など、多くの人が里子の周りにいて、多くの影響を与えているのではないだろうか。
このような観点から最近注目されているのが、ソーシャル・ネットワーク理論(ルイス・高橋、2007年)である。ソーシャル・ネットワーク理論では、人は生涯にわたり複数の重要な社会的対象を同時に持ち、それぞれの人間が異なる社会的な要求(保護、育児、遊び、学習など)を充足させる基盤になりうると考える。
このような側面を捉える手法の一つにソーーシャル・ネットワーク質問票というものがある。
これは「あなた」を中心とずる三重の同心円を描いた図版を用いて、対象者にとって重要な人物を内側から順番に挙げさせていくものである。
ソーーシャル・ネットワーク質問票によって里子が里親も含めて多様な人間からなるソーシャル・ネットワークのなかで発達していく様子が垣間見える。
たとえば里親にとっては里子の発育の全責任を負うわけではないということで、過度なプレッシャーから解放さ
れる可能性がある。また、児童相談所のケースワーカーといった里子をケアする立場にある人達にとっては、幅広い人物との関係性構築といった新しい支援の可能性が生まれるだろう。
ひらた・しゅうぞう
月刊誌「春秋」2010年10月号、p.5~8.から抜粋:
(原文は 春秋社から直接、買えば読めます。定価71円、送料の方が高いと思う)
私が里親にはじめて出会ったのは大学二年生の頃だった。児童福祉論の授業に東京都の里親がゲストスピーカーとして招かれ、自身の養育経験を語ってくださったのだ。話を聞いて特に衝撃を受けたのは、子どもが二歳で乳児院から家庭に引き取られてきた当初のエピソードである。「一緒に店に買い物に行っても、店に陳列されている食べ物の種類をほとんど知らない」「人と目を合わせることをしない反面で、異常なくらい人にべったりと甘える」など、家庭で普通に育ってきた同年代の子どもと比較すると奇妙に思われるエピソードが次々と語られた。
そして、里子など生みの親の元を離れて暮らす子どもたちがどのような思いや困難を抱えて成長していくのかという問題意識から、2005年、児童福祉の教員と共に「早稲田大学里親研究会」を立ち上げたのである。
研究会の活動で大事にしてきたことは、里親や里子、児童福祉関係者の方に直接話をうかがったり、里親が参加する研究協議会などに積極的に参加したりすることを通して、まずは里親や里子の実際の姿を丁寧に捉えていくということだ。
こうした活動を通して肌で感じたことをもとに、今後の里子研究で必要と思われる二つの視点について論じてみたい。
★ライフストーリーワーク
研究会を通して親しくなった里子に話を聞いてみると、物心ついたときから、「記憶が消失している部分がある」「自分が里子になった理由をなんとかして納得していかないといけない」という思いを抱き続けてきた人が少なからずいた。これは生みの親から離れて育ってきた人たち特有の感情のようだ。
里子の場合、「目の前にいる親(里親)は自分を生んでくれた人ではない」という事実に直面することで「私は誰か?」という根底的な問いに囚われ、葛藤を抱えることが多い。
このような困難を抱える子どもを支援するアプローチの一つにライフストーリーワークがある。ライフストーリーワークはイギリス生まれの考え方であり、子どもが過去を受け入れ未来に向かって前進していくために、信頼できる大人との共同作業を通じて過去を整理し、人生の物語を構成していく作業のことである。具体的には、子どもに関係した人々や機関に出向いて子どもの過去の記録を収集したり、過去の情報や写真を貼りつけてそのときの気持ちなどを書き込んでいく「ライフストーリーブック」を作成したりする作業が中心となる。それにより子どもたちは、自分自身について語る方法を学ぶことができ、自尊心を高めることができるようになるという。
こうした状況を踏まえて、私は、成人した元里子(Aさん)に「自分の生い立ちをどのように納得してきたのか」というテーマでインタビューを行い、ライフストーリーワークの視点に立った里子支援のあり方について検討した(平田、2010年)。
Aさんは里母との会話を通して、自分が里子であるということは物心ついたときから知っていたが、「では、どうして生みの親は自分を育ててくれなかったのか」という理由についてはなかなか納得できなかったそうだ。また、自分の生い立ちについて誰に話を聞けばよいのかということも分からなかった。後にAさんは児童相談所が自分の生い立ちに関する情報を保管している機関だということを知り、児童相談所に話を聞きに行くことになるが、満足の行くような情報は得られずに、もどかしさを感じたそうである。
ここまでに紹介してきたライフストーリーワークの考え方やAさんのケースを踏まえると、里子を支援する際には、まずは以下のような視点を持つことが有効だろう。すなわち、「生みの親から離れて暮らす子どもにとって、自分の過去を知り、それを納得していくことは大事な課題であり、子どもが過去の情報を知りたいと思ったときにどこに行けば出自の情報が得られるのかを子どもに教えておく必要がある」ということである。ただし、過去の
情報があまりにも悲惨であり、里子がそれを受け止める心の準備ができていないような場合には、過去の情報の提示を慎重に行う必要があるだろうし、過去の情報を知ることで不安定な気持ちになった子どもへの対応についても考えておく必要がある。
★愛着からソーシャル・ネットワークヘ
続いて今後の里子研究において必要になると思われる、もう一つの視点について論じる。わが国では里子に関する研究はまだ少ないが、海外においては主として愛着(アタッチメント)理論の立場からそれは検討されてきた。愛着理論は、英国の児童精神科医ボウルビィが確立した母子関係理論であり、子どもが親に対する心理的な絆をどのように形成するか、そしてその絆が失われたときにどのような影響が現れるのかといったことを論じたものである。
子どもの発達にとって愛着が重要であるとしても、はたして重要な人間関係は母親との愛着関係だけなのだろうか。素朴に考えてみて、私たちは人生のなかで母親だけでなく、たくさんの人に出会い影響を受けながら成長していく。里子の場合においても、児童相談所のケースワーカー、あるいは里子の仲間、学校の友達など、多くの人が里子の周りにいて、多くの影響を与えているのではないだろうか。
このような観点から最近注目されているのが、ソーシャル・ネットワーク理論(ルイス・高橋、2007年)である。ソーシャル・ネットワーク理論では、人は生涯にわたり複数の重要な社会的対象を同時に持ち、それぞれの人間が異なる社会的な要求(保護、育児、遊び、学習など)を充足させる基盤になりうると考える。
このような側面を捉える手法の一つにソーーシャル・ネットワーク質問票というものがある。
これは「あなた」を中心とずる三重の同心円を描いた図版を用いて、対象者にとって重要な人物を内側から順番に挙げさせていくものである。
ソーーシャル・ネットワーク質問票によって里子が里親も含めて多様な人間からなるソーシャル・ネットワークのなかで発達していく様子が垣間見える。
たとえば里親にとっては里子の発育の全責任を負うわけではないということで、過度なプレッシャーから解放さ
れる可能性がある。また、児童相談所のケースワーカーといった里子をケアする立場にある人達にとっては、幅広い人物との関係性構築といった新しい支援の可能性が生まれるだろう。
ひらた・しゅうぞう