里親制度をすすめるための講演とトーク。
『空か青いから白をえらんだのです』 奈良少年刑務所詩集。
 寮さんは童話作家でデビューして小説やノンフィクションを書いている。2005年に泉鏡花文学賞をいただいてそれをきっかけに 奈良に引っ越しました。それがきっかけで奈良少年刑務所の講師をすることになった。
こう言っては被害者の方に申し訳ないですが子どもたちは加害者になる前に被害者であったような境遇にあった子がほとんどでした。大変な貧困、親のネグレクトや虐待、あるいは発達障害があったにもかかわらず親も学校も地域社会もうまく対処することができなくて、学校で爪弾きにされ、いじめられ、非常に辛い目に遭ってきた子がいる。
親に期待をかけられて胸が苦しくなってそれが爆発して罪になってしまった子もいる。どの子もまともな愛情らしい愛情をうけたことがない子たちなんです。
 そのために心が荒野のように荒れ果てている。痛い、悲しい、さみしい、おなかがすいた、そういう負の感情を向き合あっていると苦しくてしょうがない。そのためにはなるべく何も感じないことにする。そういうふうにしないと生き抜いてこれない。薬物なんかもそこに逃避することでなんとか生き抜く手段だったそうです。できれば何にも感じたくないと心を閉ざしている。そういう子たちなんです、と刑務所のかたは おっしやいます。
 人間は悲しいこと苦しいことだけに心を閉ざすわけにいかない。楽しいこと、うれしいことも一緒に心に入ってこなくなってしまう。 「それで何の感情もないような、自分で今何を感じているのかそれさえ自分でわからないような荒涼とした心の風景にいるんですよ。彼らを童話や絵本や詩を使って彼らの心を耕してやってほしい、情緒を耕してやってほしいのです」と刑務所のかたは言われた。   
効果をあげたのは、詩ですね。詩は普通の言葉ではないのです。あるハードルを越えないと書けないようなそういう神聖な言葉なんです。書いたら、魂のどこかがバレちゃうかもしれない。それを頑張って書く。本人が詩だと思って書く。詩だと思って受け止めることが大事なんです。
 仲間の中で育ちあう姿が素晴らしく、その心を間くと優しさがあふれると罪と向き合うのです。自分が大切にされなかった子が人を大切にするなんてことはできないし、それにどんな意味があるかなんてわからない。誰かに大切にされたと実感をもって初めて、人を傷つけたことが酷いことだったとわかるのです。 
 「先生、人って話せば通じるんですね」と言った子がいました。その子は何か言えば父親から殴られていた。人と意思疎通することは殴ることだと思っていたんです。
再犯で戻ってくる人が6割と言います。刑務所で心の底から償いの気持ちを持ち、出たときに差別されずに暖かく受け入れてくれるところがあって初めて彼らは更生できるのだと思います。たった一人でいいから、受刑者、前科者ということで差別をせず心を受け止めてくれる人がいれば、彼らは更生できると思います。
★以上 家庭養護促進協会 神戸事務所、季刊誌「ハーモニー」2014年12月20日 115号から抜粋。同協会から買って原文をお読みください。
観世音菩薩