湖西伊香立散歩【第189話】 | 渡辺茂樹のいたちものがかり

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イタチ研究・動物学者渡辺茂樹

 プロではないとはいえ私は"もの書き"の端くれだから、此度の件は甚だ面目無い次第でした。

"unpublished"の事柄の引用には細心の注意が必要であると、思い知った次第です。というか…バーチャルに拠る論考は、極力自制すべきなのでしょう。ただ歴史事実の考察は、その限りでありません。

 ま、それはさておき(ことの顛末は省略します)…10月22日に行きそびれた伊香立(いかだち)の集落に、その翌々日に行った。歩いたルートを写真1に示す。ちなみにこのタイトルはむろん、司馬遼太郎の「街道をゆく:近江散歩」(本ブログの第181話で紹介)のパクリだ。

 

【写真①】

 ところで、この変わった地名の由来は何か?。地元の伊香立香の里史料館で貰った資料によれば、2つの説があるようだ。まずはその1。
 

貞観元年(859)に明王院(大津市葛川坊村町)を創建した相応和尚が、ある日、岩に腰かけて休んでいると、谷の奥から霊香がかおってきました。そこで相応和尚は、この地を異(伊)香立と名付けたといわれています。


 これは伝承であり、史料の裏付けは無い。次はその2だ。

 史料に初めてそれらしき地名が登場するのは、保延元年(1135)の「長秋記」である。ただそれに記されているのは、伊賀多津庄という漢字地名だ。伊賀多津を発音すれば"いがたつ"で、それが転じて"いがたち"になったと考えられる。その1の伝承に比べると身も蓋もないが、こちらが真実に近いのではないか?。ちなみに建保6年(1218)の「葛川常住僧賢秀陳状」には、伊香立庄の地名が(たぶん歴史上初めて)登場している。

 つまり伊香立の地名は、忍者伝説の地である三重県伊賀のパクリ…とは、必ずしも言えないように思う。実はこの国には、"伊賀"という地名が数多いのである。ネットで調べたところ…宮城、秋田、福島、山形、栃木、埼玉、愛知、京都、奈良、兵庫、岡山、広島、山口、徳島、愛媛、長崎に有り、三重を加えると17府県に及ぶのだ。

 ただ滋賀県には、"甲賀"はあるが伊賀は無い。滋賀県立伊香高校は、湖西ではなくて湖北の長浜市(木之本町)の在だ。これはおそらく歴史に根ざした校名ではないだろう。湖西の伊香立の転用ではあるまいか?。

 地名伊賀の由来については、2つの説がある。蝦夷ことばのイカ(嶮しい)ないしはイカル(恐ろしい)に由来するという説と、大和ことばの吾国(あがくに)に由来するという説である。私としては、後者の説を採りたい。ちなみに奈良は、韓ことばのウリナラ(我が国)に由来するのだという。

 のっけから脱線しとるな(笑)。これより漸く、散歩の記を始める。

 JR湖西線堅田駅東口8時50発の江若バスに乗った時から、この日の私の"散歩"が始まった。比良山系への登山目的(らしい)客がズラリと並んでいて、一瞬「乗れるかな?」と案じた。でも何とか乗れた。私以外は全員マスク着用で、心なしか嶮しい視線が感じられる。でもこちとら、そんなことぜーんぜん気にしません(笑)。

 そもそも私がマスクを着けないのは、ポリシーが有ってのことである。SERS-CoV-2の流行がほぼ収束したのにマスクに拘るのは、非科学的だ。そもそもマスク着用ならびに個体間距離の強制…つまり"新しい生活スタイル"なるものは、ファシズム以外の何物でもない。野党諸派がそのことに気づいていないことに、呆れ果てる。

 ま、それはさておき…バスは一旦琵琶湖大橋西詰に寄り、それから国道477号線を西に進む。何処で下車しようかと思案した結果、伊香立中学校前を選択した。始発からの距離は6km程で、料金は490円だ。

 バスを降りると、目の前に食堂があった(写真2)。"宿泊OK!"とも記してあるが、値段が書いてない。むろん私は泊まる気は無いです。でも(未だ10時前だが)…早めの昼食をとってもよいかなと思い、横開きの扉を開けた。中には暇そうにしているオバサンが2人いる。目が会った方のオバサンに「やってますか?」と言ったら、「11時からです」という返答だった。一応丁寧語だが、ぶっきらぼうで愛想が無い。どうせ暇なのだろうから、「作りましょうか?」と言っても良さそうなものだ。でもそのように発言はせず、「あ、そうですか」と言って扉を締めた。

【写真②】


 国道477号線は、伊香立の諸集落よりも幾分高めの土地を北に走っている。バス停から南西に下ると、伊香立北在地町の集落がある。其処へ行こうと思ったが気を変え、国道沿いの歩道を少し北に歩いた。そしたら、中身が無いアケビの果実が落ちていた(写真3)。更に先に進むと、合計5個見つかった。

 
【写真③】

 むろん、何かのアニマルの食痕だ。ニホンテンか、それとも鳥だろう。このあたりの国道は両側(東西)が森だ。そして東側の森は比較的落葉広葉樹が多い。如何にもアケビが多そうな森である。この日に見た食痕がニホンテンのものかどうかは不明だが、かれらにとっての餌条件は良いと言えるだろう。ただし「秋の…」であり、それ以外の季節のことは良く分からない。

 そして特筆すべきは、落葉樹の幹がみな細いこと(写真4)。樹洞が出来るのは望むべくもなく、いきおい人家天井裏に借家を求めることになる。伊香立の諸集落でその事例があることは、ASWATが既に確認している。
 
【写真④】

 更に北に歩き、和邇川南岸にある狭い農地に到達した。対岸は伊香立上龍華町だが、今日は其処まで行く予定は無い。中学校前のバス停に引き返し、伊香立北在地町方向へ下る。そして真野川の支流に出た(写真5)。
 
【写真⑤】

 この細い川の東側は水田(収穫後)で、そして川の護岸壁には水抜穴がある。ニホンイタチの雌ならば侵入可能で、住宅条件はクリアされる。餌条件が満たされれば"繁殖サイトたりうる"が、そちらはどうか?。水量は少なく水深は浅い。繁殖シーズン(晩春~初夏)にもしミゾソバ等が繁れば、アメリカザリガニが居つくかもしれない。水田にカエルが湧くことも期待される。だがとりあえず今の季節は、その条件は整っていない。川と水田沿いに生活痕跡を探したが、全く見つけることが出来なかった。

 この地には棚田があるとネットには記してあったが、そのようなものは見当たらない。このあたりは丘陵地帯だが、丘と丘の隙間の平坦地は結構広いのだ(写真6)。人口がさほどでもないだろうから、棚田を作る"必要"は無いだろう。
 
【写真⑥】

 伊香立北在地町を通り抜け、南下して伊香立下在地町に移動する。この集落には小学校があり、チャイルドが(男教師の指導で)サッカーの練習をしていた。土曜の午後だから、課外授業だな。チャイルドは全て男子だ。そのせいもあってか、あまり"楽しそうな"雰囲気ではなかった。チャイルドは大人を交えず、女子と共に遊ぶ方が楽しいだろう。その経験を経て、正しい男女交際の術を学ぶのだ。

 少なくとも、戦後民主主義の時代はそうだった。でもいまこの国では、そのような"文化"は失われつつある。"新しい生活スタイル"なるものは、それを助長する(筈である)。その結果、ストーカー殺人やあてつけ自殺が今後更に増えるだろう。岩淵恒夫(筒井康隆「七瀬再び」に登場する予知能力者)の再来たる私には、そのような未来が見える。

 ま、それはさておき…私は更に西南に進み、伊香立生津町を目指した。だが途中で引き返した。遠望して、"似たようなもの"に思えたからだ。律儀に全ての集落を訪れることもあるまい。来た道を引き返しつつ水田の縁を覗き、イタチの生活痕跡(糞ないしは足跡)を探す。見つからない。そのあと神社を見て、スギの樹皮をチェックした。巣材用に剥がされていないかの確認である。僅かに剥がされていたが、新しいものではなかった。

 神社の前(道路を隔てて南側)に、交番がある。その横の道を西南に進むと、冒頭で述べた史料館がある(写真7)。隣接して環境交流館なるものもあったが、こちらは"敷居が高そうな"感じだ。で、入館無料の掲示がある史料館のみを覗いた。中には「学芸員ではないです」と自称するオバサンがいて、にこやかに対応してくれた。
 
【写真⑦】

 史料館内には"いろりの部屋"や"牛小屋のにわとり"等がバーチャルで再現されていた。たらいと洗濯機や、湯たんぽ等が懐かしかった(私はギリギリそれを知る世代です)。"東洋象"の化石が展示してあったが、学名は記されていない。絶滅したエレファントの分類は、未だ確定していないのだろう。ホモ・サピエンスも、間もなく絶滅する(と思う)。そのあと、誰が我々の分類を考えてくれるのだろうか?。

 だがそのような"思索にふける"ことは、この館を訪れたメインの目的ではない。しばし(オバサンと)さりげない会話をした後に、ズバリ「イタチを見たことはありますか?」と質問した。「あります」という返答が返って来た。追いかけ「テンは?…」とも質問したが、このアニマルについては"存在自体を知らない"ようであった。

 そのイタチは、ニホンイタチとシベリアイタチのどちらだろうか?。それで定番の…「色は黄色ですか?、それとも濃茶ですか?」と、「尾は体の半分より長いですか?、それとも短いですか?」の質問をする。返答は「さあ?」であった。そもそもこういうことは、"このあたりには2種のイタチがいる"という予備知識が無いとわからんでしょうね。それで携帯のガラホから、写真を引き出した。2種の(各々雌雄の)剥製を並べて、比較した画像だ(写真8)。そしたらオバサンはシベリアイタチの剥製の方を指差して、「こんなに尾が長くはなかった」ときっぱり言った。おー、そうか。つまりニホンイタチがいる可能性があるのだな。あくまで"可能性"だが。
 
【写真⑧】

  ちなみにこの集落内にシベリアイタチがいる(そして人家天井裏で営巣している)ことは、ASWATが確認している。でも"だからニホンイタチはいない"と考えるのは、動物生態学に無知な者の妄想だ。

 私は1990年代の後半に、2種のイタチがsympatheticに分布する地で調査をしたことがある。和歌山県西牟婁郡(現在は白浜市)日置川町田田野井の集落にてだ。以下には、共著本「いのちの森:生物親和都市の理論と実践」(京都大学学術出版会、2005)で論じたことを要約する。ちなみに私が担当した章のタイトルは、「都市のイタチ、田舎のイタチ」だ。

 面積約100haのこの集落は、日置川下流域の氾濫原に出来たものだ。川に面する東側以外は、急峻な標高は(さほど高くない)山地で囲まれている。植生は主に照葉樹だ。この集落は山裾の周縁部
にはニホンイタチが棲息し、中心部にはシベリアイタチが棲んでいた。ニホンイタチは時として中心部にも入るが、シベリアイタチは周縁部には殆ど行かなかった。そして日置川の河川敷も、ニホンイタチのエリアだった。つまりこの地では2種のイタチは微妙に「すみわけ」をしつつ、どちらかといえば"ニホンイタチの方が優勢"だったのである。伊香立にもし2種のイタチが居るとして、その関係がどうなっているかは(調査をしてないので)何とも言えない。

 そのあと下在地町の放水路(写真9)と、真野川の橋下(写真10)を覗いた。護岸されていない放水路の縁は草蒸していて、イタチの生活痕跡は(例えあっても)見つけにくい。だが橋の下は、割と生活痕跡が発見し易い。けれども此度はそのいずれでも、発見することは出来なかった。
 
【写真⑨】
 
【写真⑩】

 少なくともいまの季節は、この地にイタチは「いても少ない」だろう。ただ季節移動により、暖かくなると"山から下りて来る"可能性はある。そしてシベリアイタチに限っては、周年"集落地内で暮らしている"可能性がある。もしそうだとしたら、主要な餌はおそらく"外来種のクマネズミ"だろう。
 
● 鼬くん  胴長短足  我が友よ  付き合い長く  心未だ見ず

 今世紀の初めにこの短歌を詠んだ時の私の気分は、今なお変わらない。でも"此の世に残された時間はたぶん僅少"と予感する昨今、鼬の心がほんの少しだけ見えて来た気がする。対してテンは、心を読むのが極めて難しいアニマルだ。ただ森にアケビがあり、そして集落内にはカキノキが有る(写真11)故、"少なくとも秋の餌条件は悪くない"と思う次第だ。
 
【写真⑪】

 向在宅町と南庄町を見る予定も取りやめて、森の中に入ってみることにした。ただ遮二無二藪漕ぎをしても、イタチの生活痕跡は見つけられない。足元が見えないからだ。国道477号線の北に連なる森に入ろうと思ったが、なかなか道が見つけられない。漸く見つかった。養護学校の横を北に入る道だ。丘陵の尾根を越え、世渡川沿いにある真野佐川町の集落に出るつもりであった。

 だがそのようか分岐道が見つからない。メインの道は新設の団地内に入り、更に丘陵の尾根沿いに西に向かっているのだ。北に向かう小道も(地図上に)複数記されているのだが、全てフェンスで塞がれているのだ。団地のチャイルドが迷い込まないための配慮だろう。ままよと思い、地図には無い尾根道を西に進んだ。新しく出来たらしい舗装道だが、その先では集落に下りているだろうと判断した。

 この舗装道上で、漸く糞を見つけた(写真12ー13)。内容物は昆虫で、かなり太めだ。あるいはイタチではなくて、ニホンテンの糞かもしれない。ともあれこれが、この日の散歩で発見した唯一の"カーニボラの糞"であった。
 
【写真⑫】
 
【写真⑬】

 このあと舗装は無くなり、やがて草蒸した道になる。やがては踏みあとだけの道になってしまう。このあたりは湿地になっていて(写真14)、イノシシの足跡が多数有った。捕獲用の檻罠も、計5個設置されている。やばいなあ(イノシシに出会ったらどうしよう?)と思いつつ、尚も進む。そしたら踏みあと道も完全に消え、前方に深いブッシュが立ち塞がった。ええいくそ!と思い、来た道を引き返した。ちなみにこの尾根道沿いの湿地では、カーニボラの足跡は全く見つけられなかった。
 
【写真⑭】

 改めて、この日の散歩のことを回顧する。伊香立の農村は、"近代化され過ぎている"と私は思う。対してJR堅田駅に近い(その西側の)農村は、前近代…とは言わぬまでも、"昭和の匂い"が残っている。ニホンイタチの棲息条件としては、後者の方が良い筈だ。伊香立も(聞き取り情報では)ニホンイタチ棲息の"可能性"はある。ただその目撃情報は、"何時のことか?"とは思えぬでもない。ニホンイタチが減り始めたのは、"この10年のこと"と私は思うのである。
 

 

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