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【添付写真1】

   ジェーン・グドール(添付写真1:83歳)の講演会が、京都で催された。日時は11月7日の19時半ー20時で、場所は京大北部構内の益川ホール(湯川記念館の北隣)だ。それに先立って、日本人猿学者の山極寿一と松沢哲郎が会の趣旨説明を(30分ずつ)行った。主催は公益法人:国際花と緑の博覧会記念協会である。
 
  グドールは、「チンパンジーが道具を使うことを世界で初めて発見した」ことで知られる高名なPrimates(霊長目=猿)研究者だ。だが私にとっては、「Carnivora(食肉目)の研究者でもある」ことの印象が深い。アフリカ東部のゴロンゴロ火口平原にて、リカオン、ジャッカル、ならびにハイエナの観察を行ったのである。その成果は日本語訳名の「罪なき殺し屋たち」にまとめられている。Carnivora研究の古典と言いうる著作だ。
 
   私が思うに…猿研究者は己の研究対象が「高等である」という認識が強い。そして、そのことに由来する(己自身の)選民意識がある。少なくとも京大の猿学者には、その傾向が感じられた。ただそれは私がテレパス(自称)だから判ることで、かれら自身はその意識を露骨には示さない。
 
    ただ山極寿一は少し異なる。彼は己の選民意識を隠さない。彼は「ゴリラとサル」という言い方をして、類人猿(とりわけゴリラ)を特別視する。「だから俺も偉いのだ」と思っているだろう。ちなみに英語ではPrimatesを総称する一般名詞は無い。類人猿はapeで、その他の猿はmonkeyだ。その意味では山極の語法は全く不当ではないのだが…「あんたは日本人だろ?」と言いたい。日本語の「サル」には(片仮名表記であっても)、類人猿が含まれるのである。
 
   つまり、「猿にしか興味が無い」研究者の(多く)はその他のアニマルを見下し、その研究者を蔑視している。だがグドールはそうではない(であろう)故、「CarnivoraPrimatesの比較」という論を聞きたかった。でも、それは無いだろうと思った。共催が山極だからだ。そして、やはり無かったのである。
 
   さて、グドールのトーク(同時通訳付)だが…まず幼女時代のことから語り始めた。無鉄砲に近い「動物好き」だったのだが、その彼女を母親は暖かく見守っていたという。家が貧しかったので大学には行かず、日本で言うところの専門学校に進む。そしてウェイトレスの仕事をして金を貯め、無鉄砲にも単身アフリカのタンザニアに乗り込んだ。母国の英国でも、野生動物研究は可能だろう。敢えてアフリカを選んだのは、幼時に読んだ「ターザン」の影響があったようである。
 

   そしてその地で、高名な化石人類学者リーキーの知己を得て、才能を見込まれる。リーキーは、「化石骨をいくら調べても、"行動"はわからない。君は人類に近いチンパンジーの生態を調べて、"行動の進化"を考察してはどうか?」とグドールに勧めた。そして彼女のために6年分の研究費を調達し、ゴンベの森に送り込んだ。つまりリーキーは、グドールを「試した」のだろう。

 
   もしその6年間で十分な成果が上げられなければ、グドールが「世に出る」ことは無かったと思う。だが、天は彼女に味方した。彼女が「チンパンジーは木棒でシロアリを釣る」(つまり道具を使う)ことを発見したのは、ゴンベで調査を始めて間もなくのことである。
 
   ゴロンゴロのリカオン・ジャッカル等は(日本のイタチやテンと違って)、集団生活者である。加えてサバンナに住む故、目視がし易い。難は夜に動くことが多いことだが、それは月や星の光に頼ることで何とか克服した。それより先に調査を始めたチンパンジーも集団生活者で、そして昼行性だ。それはアドバンテージだが、森林に住むゆえ観察が難しい。そのディスアドバンテージは、「チンパンジーに己の存在を認めて貰う」(つまり集団の一員になる)ことでグドールは克服した。「それをするとチンパンジーに影響を与え、生態を変えてしまうのではないか?」と危惧されるが、今のところその悪影響は報告されていない。
 
   そしてそのあとグドールは、道具は「少なくとも8種類使う」ことや、道具を「"作る"こともする」ことを発見した。そして、道具使用の"文化"に地域差があることも見出す。
 
   更に、チンパンジーは個性の差が大であることにも気付いた。例えば育児においては、良い母も悪い母もいる。良い母を慕う子の情念は深く、母の死後に子が「悲嘆死」したこともあったという。
 
   それは利己的遺伝子説で説明しうることだが、チンパンジーには利他行動も見られるという。例えば「雄のアダルトが、血縁の無い孤児を受け入れる」(こともある)事象がそれだ。ただそれは、ニホンザルでもあったように記憶する。
 
   個体群生態学の分野においては、「寿命はおよそ50年」だが「出生後4年間に30%が死亡する」ことを発見した。「雌の出産は1年あたり0.2回、即ち5年に1度」であること、「雌は生涯現役」(50歳で出産した事例有り)のこともである。ヒト(ならびにCarnivora)との比較において極めて興味ある事象だが、そのことの「考察」は述べられなかった。
 
   チンパンジーは所謂「残虐行動」…つまり同種他個体殺しを(雄が)頻繁に行うことでも知られる。その中には快楽殺人的なものもあるという。私の知る限り、それはゴリラやオランウータン、ならびにボノボ(ピグミーチンパンジーないしはビーリャ)では認められない。「行動の進化」を考えるにあたって興味ある事象だが、グドールはそのことはチラリと言及するに留めた。
 
  グドールのトークの締めは「保全」のことだ。IUCNでの扱いは(不明にして)知らないが、チンパンジーは絶滅危惧動物である。その主因は森林面積の減少であり、加えてジビエ目的での密猟もある。そして400頭余りの数が医療用実験動物として飼育されていた。グドールはカルト的アニマルライト運動家ではない。だが、実験動物としてチンパンジーを使うことは「必要はあるまい」という信念のもと、全ての医療用飼育チンパンジーの「解放」に成功した。それは全て保護区でreleaseされたとのことだ。
 
   森林の回復は難しい。それは耕地面積の増大にリンクする。つまり地元民の貧困に由来し、人口問題も絡むからである。だかグドールは地元民の生活向上に努め、女性の教育推進により「家族計画を考えさせること」に努めて来た。その結果(彼女のフィールドであるゴンベ周辺では)、森林は僅かながら回復傾向にあるようだ。
 
   ゴンベ周辺だけでは不十分である。そして自然の破壊は、チンパンジーへのダメージだけでは済まされない。で、グドールは"Roots  and  Soots"なる運動を始めた。若者が「我々の自然を大切にしよう」と努力する試みだ。それは「若者自身が自発的に取り組み、運営する」もので、グドールは(自らの役割を)「アイデアを示唆するのみに留めている」という。
 
   タンザニアの高校生12名と共に始められたその運動は、いま世界の約100ヶ国に拡大した。そして、「国や文化や宗教の異なる人々の壁、ならびに人類と自然界を隔てる壁を打ち壊すための取り組み」が行われている。イベントは、あのノース・コリアでも行われた。だが日本人の連帯の動きは(この日の山極のトークを聞いた限りでは)、十分ではないようだ。
 
   グドールの講演に先立って行われた山極のトークでは、まず自らの研究業績のことが語られた。その語りは、なんと、英語である。グドール以外の聴衆は(たぶん)全て日本人だから、およそ意味の無いbehaviorだ。「ボケ!、日本語で喋らんかい」と怒鳴りたかったが、辛うじてそれは自制した。
 
  山極はまず己の研究業績を誇った。具体的なことはあまり述べられなかったので内容は不鮮明だが、要するに「ゴリラにも(チンパンジーと同様に)個性がある」ことと、そして「各々の(チンパンジーよりは小規模の)グループには歴史がある」ことが要点だ。
 
   「なあんだ、グドールのパクリじゃないか」と思えたが、まあそれはよい。グドールが、それだけ偉大ということだろう。だが、「我々はゴリラに学ぶべき」という主張には多いに引っ掛かった。そういう発想は、私の亡師:日高敏隆が非常に嫌ったことだ。山極の師:伊谷純一郎(故人)もそのようなことは言わなかったと思う。
 
   動物には各々の種ごとに(ゴリラにもヒトにもニホンイタチにも)、独自の"文化"がある。我々はそれを「参考にする」ことはあっても、「学ぶべき」などとはみだりに言うべきではない。斯様な発想は「危険だ」と思う。
 
  「保全」絡みのことでは山極は、エコツーリズムを(日本国内で)行っているという。そのツアーの対象は主に外国人のようであり、「日本の自然の現状はどうしてくれる?」と言いたくなった。鹿害や猪害のこと、ならびにニホンザルとの共存もかなり難しくなっている現状については、彼は「逃げている」としか私には思えないのだ。

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   そして山極は、グドールのように「若者自身の自発性を重んじる」ことが苦手のようだ。彼が総長を勤める京都大学で、学生自治会の活動を「言論弾圧」しているのは知る人ぞ知るである(添付写真2)。私から見ると、学生自治会のやり方も問題無しではない。もっと「柔軟」であってよいと思う。だが山極の「問答無用」的態度はファシズムだ。ゴリラに見習うのなら、許されないbehaviorである。
 
   松沢哲郎は(やはりグドールに先立って行われたトークにて)、「チンパンジーに学ぶべき」などという問題発言はしなかった。彼の研究は多くをアイという才女猿に依存する。そして、アイが数字を「読む」ことができ、そして「記憶」の能力が人間顔負けであることを誇った。ただ彼の誇りは自身のことではなくて、アイについてである。松沢は山極に比べると謙虚な人のようだ。少なくとも、ファシストではないと思う。
 
   その松沢に敢えて注文をつけると…チンパンジーのその能力の個体差、つまりアイ以外のチンパンジーの潜在能力の如何も調べるべきではと思った。そして、チンパンジー以外の類人猿についても調べて欲しい。おそらくボノボは、同等ないしはそれ以上の能力があるだろう。最近まで日本でボノボは全く飼われていなかったが、2015年に6頭が「来日した」とのことだ。今後の研究成果に期待したい。
 
   グドールの講演会は、この3日後に東京でも催されたようだ。その催しには皇室関係者が参加し、そのゆえ厳戒体制だったらしい。怪しげな風体で目つきが悪い私は、行っても多分入れなかっただろう。
 
   そして東京でのグドールの受賞挨拶のこと。賞には当然賞金が伴うが、そのことにつき彼女は「自分たちの活動資金としての意義は大きい」と、包み隠さず述べたという。京都では多分(何故か)述べなかったその言は、なかなか味がある。日本の自然保護関係者は、噛み締めて欲しい。


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