鎌倉幕府の初代将軍・源頼朝の墓へ来ました。
NHK大河ドラマ「鎌倉殿13人」ゆかりの地という事で、
観光客で賑わっていましたね。
白旗神社
源頼朝の居館の持仏堂があった場所で、
石橋山の合戦で頼朝が身に着けていた
小さな観音像が安置されていました。
頼朝死後は法華堂(墓堂)となり、
鶴岡八幡宮の供僧が祭祀を続けていましたが、
明治以降、白旗神社となり現在に至っています。
源頼朝のお墓です。
鎌倉時代のものではなく、
江戸時代後期に薩摩藩主・島津重豪によって
整備されました。
お墓の傍らに、寄進を記した石碑が建っていました。
最左列に、「薩摩中将源重豪」とあります。
頼朝のお墓の東側に、
北条義時の法華堂跡があります。
最近の発掘調査で、わかったようですね。
案内板のQRコードをスマホで読み込むと、
バーチャルで法華堂を見る事が出来ます。
スクリーンショット画像にしてみました。
法華堂裏手の石段上に、
鎌倉幕府の有力御家人の墓がありました。
鎌倉幕府創設に貢献した大江広元の墓と、
左隣は広元の四男で毛利氏の祖となった
毛利秀光の墓です。
右隣には、島津氏の祖、島津忠久の墓がありました。
島津忠久は、源頼朝のご落胤と言われています。
頼朝の墓とともに、島津重豪により整備されました。
清泉小学校の付近に、
大倉幕府の碑が建っています。
鎌倉に入った頼朝が大倉の地に居館を建設し、
ここに侍所、公文所、問注所などを整備しました。
以後、源氏3代の将軍が、
この地で政務を行なう事になります。









