大嘗宮の一般公開も、明日で終わりです。
先週末から皇居乾通りの通り抜けも始まり、
初日は約7万人が訪れたとのニュースに閉口しました。
大嘗宮の一般公開が始まった最初の週末、雨でしたが
なかなか見る事が出来ないので行ってきました。
セキュリティチェックを受けた後、坂下門から入場します。
宮内庁庁舎の前を通り過ぎて・・・。
乾通りとの分岐を右に行きます。
蓮池濠の周囲の木々は、色づいていました。
天守閣の代わりになった富士見櫓です。
本丸の南端に建ち、江戸時代は富士山が綺麗に見えたでしょうね。
根来組、伊賀組、甲賀組、二十五騎組の4組が交代で詰めていた、
百人番所です。
この大番所は、この先が江戸城本丸御殿の玄関だったので、
最重要警備が行われていたようですよ。
この坂を登ると、本丸です。
大嘗宮が見えてきました。
雨にもかかわらず、参観客が多いですね。
芝生広場の北半分を整備して造営されてます。
古代の工法そのままに造られた建物群が建ち並んでいました。
神門を中心に左右対称に造られた大嘗宮の両端には、
「膳屋」と呼ばれる神饌を調理した建物があります。
外壁は藁で覆われ、たくさんの椎葉で装飾されていましたが、
大嘗祭から日にちが経ち枯れ始めていましたね。
手前左側は、楽師が歌を奏した「風俗歌国栖古風幄」と呼ばれる建物、
右側の建物は男子皇族が参列された「小忌幄舎」です。
奥には、天皇陛下が悠紀殿供饌の儀を執り行った「悠紀殿」が見えます。
皮付き丸太で作られた灯篭が、いくつもありました。
木を切り出したままの姿の神門です。
神門は、東西南北4門のほか、天皇陛下が歩いた廊下の中央にも
設けられているそうです。
神門の正面に見える建物は「殿外小忌幄舎」と呼ばれ、
ここで女性皇族が参列されたようですよ。
神門の両側には、武官の装束を着た人が着座した、
「衛門幄」と呼ばれる建物が建っています。
奥に、天皇陛下が歩いた廊下が見えます。
神門を挟んで、すべての建物が左右対称に造られていました。
奥に、主基殿供饌の儀を執り行った「主基殿」が見えます。
参列諸員が着席した建物を撤去して、見学コースとなっていました。
神域には立ち入れませんが、全体を見るには十分でしたよ。
見学コースは、時計回りに迂回していきます。
大嘗宮の左側へまわると、「主基殿」全体を見る事が出来ます。
主基殿の手前に、奏楽を行なった「楽舎」と呼ばれる建物がありました。
天皇陛下が儀式をやっている間、演奏されていたのかな。
手前が「主基殿」、奥に「悠紀殿」、その間に天皇皇后両陛下の休憩所
「廻立殿」が見えます。
平成の大嘗宮と違うのは、茅葺屋根から板張りに変わった事ですね。
「廻立殿」の裏手に来ました。
一段高く外部通路がありますが、両陛下はここまで車で乗り入れて
そのまま建物に入られたのではないでしょうかね。
「悠紀殿」が見えます。
見学コースはここまで、この先は警察車両や詰所があって行けません。
天守台と大嘗宮の位置関係は、こんな感じです。
今月半ばから解体工事が始まるようですが、勿体ないですね。
せっかく9億円かけて造営したのだから、
恒久的に残しても良いのではと思ってしまいます。
参観の後、二の丸庭園経由で帰りました。
ですが、雨が強かったので足早に。
江戸城同心番所。
同心と呼ばれる役人が、登城する大名の供を監視していた詰所です。
旧大手門桝形内の渡櫓屋根を飾っていた鯱です。
太平洋戦争の東京大空襲で大手門は焼け落ちましたが、
鯱は現存しました。
江戸時代初期の1659年製だそうです。
大手門から出て、大嘗宮参観は終了です。
雨の中の見学は、正直大変でした。
でも、行って良かったと思います。



































