戸隠神社宿坊を後にして、山を少し下りてきたところです。

戸隠山全景が見れるところで、車を路肩に寄せました。

どんより曇っていて、今にも雨が降りそうな雲行きです。

 

 

 

長野市街を抜けて、松代へやってきました。

無料の観光駐車場に車を停め外に出ましたが、熱波が襲ってきました。

暑い、暑すぎます。

松代藩真田家13万石居城だった、松代城跡へ歩いてきました。

日本100名城のひとつです。

海津城と呼ばれていましたが、1711年幕命により松代城と改名しました。

 

 

 

 

 

旧本丸には、桜の木が植わっているだけでした。

本丸には御殿がありましたが、たび重なる洪水により花の丸に御殿が

移ると機能を持たなくなったようです。

天守台が残っていました。

 

 

 

北不明門です。

 

 

 

 

溺手口から見た戸隠方面です。

手前の山の向こうが戸隠ですね、遠いなあ。

 

 

 

 

ぐるっと一周しました。

 

 

 

次に向かったのは、真田邸です。

 

 

 

藩主の母の住居として、江戸時代末期に作られました。

明治4年以降は、真田家私邸として使われています。

昭和41年に松代町へ譲渡されたようですね。

 

 

 

 

寝室です。

床は寒さをしのぐため二重に作られているほか、

天井の花鳥の唐紙は当時のまま残っているそうです。

 

 

 

 

 

お風呂場です。

土間のところに湯殿があったようですが、秀逸なのが傾斜のついた洗い場。

容易に排水できるよう工夫されてます。

 

 

 

畳敷きの便所。

 

 

 

庭に面した廊下に座っていると、そよ風が心地良いです。

いつまでも、こうしていたいくらい。

 

 

 

 

 

庭園には入れませんが、周囲を歩く事はできます。

 

 

 

 

モミジの花が咲いていました。

 

 

 

セミの抜け殻。

 

 

 

正面は、真田邸の表、政務などを取り仕切っていた建物です。

このあと真田宝物館へ行きました。

真田家に伝わる武具、書画、調度品などを展示しています。

 

 

 

宝物館でクールダウンをしたので、真田家菩提寺の長國寺へ行きました。

長國寺は1574年、小県郡の真田の本城・松尾城内に建立されましたが、

その後城外へ移され本格的な禅寺として諸施設を整えました。

真田信之が上田から松代へ移封すると、

それに伴って現在地に移転してきて現在に至ります。

 

 

 

曹洞宗長國寺の本堂は、何やら変わった形をしてました。

 

 

 

松代城天守閣の鯱が、本堂の屋根に鎮座してます。

その大きさは、2mなんだとか。

真田家墓所の拝観料を払うと、お寺の方がガイドしてくれました。

 

 

 

開山堂の建物は、かつて三代藩主・真田幸道の御霊屋だったそうです。

 

 

 

豪華絢爛な、初代藩主・真田信之の御霊屋です。

1660年建立で、国の重要文化財にしてされてました。

 

 

 

左甚五郎作の彫刻や、江戸時代には貴重だった青色が使われています。

非公開の内部は内陣と外陣に分けられ、内陣正面に須弥壇を設け、

壇上中央に釈迦像、左右に信之と小松姫の位牌を安置してるそうです。

格天井の天井絵は、狩野探幽筆のようですよ。

 

 

 

 

 

 

隣に建つ、4代藩主・真田信弘の御霊屋です。

随分質素ですが、この頃は藩の財政がひっ迫していたそうです。

どこの藩もそうですが、参勤交代が響いていたようですね。

真田家も、藩主の御霊屋は4代までしか作られませんでした。

明治の初めまで御霊屋が建ち並んでいましたが、

2代藩主・真田信政の御霊屋は林正寺へ移築されたそうです。

 

 

 

 

御霊屋の背後にある、歴代藩主の墓所です。

初代から12代までが眠っていますが、たとえ江戸藩邸で亡くなっても

遺骸は松代まで運ばれたそうです。

当時運ぶのに、1万両という大金がかかったという事でした。

ちなみに13代当主は、東京の青山墓地に眠っているそうです。

 

 

 

初代藩主・信之の墓所です。

鳥居があるのは、7代藩主によって白鳥神社に祀られたからです。

 

 

 

真田幸村・幸昌父子の供養碑です。

 

 

 

次の参拝者を案内するため、ガイドさんの話に巻きが入ったようです。

遅くなっては申し訳ないと、御朱印をいただきお寺を後にしました。

 

 

 

駐車場へ戻る道すがら、影が無くなって暑かったですね。

駐車場入り口に竹風堂があったので、カフェで休んで行く事にしました。

 

 

 

敷地には、松代城三の丸の濠の遺構があります。

 

 

 

ボクと母は栗あんみつを、カミさんは栗かき氷を頼みました。

火照った身体が、みるみるクールダウンされていきます。

栗餡が、美味しかったですよ。

 

 

 

 

暑いので、象山神社へは車で移動しました。

 

 

 

佐久間象山は、江戸時代後期の松代藩士で、洋学の第一人者でした。

しかし1864年、京都で暗殺されてます。

門弟は、吉田松陰、勝海舟、橋本佐内、山本覚馬、坂本龍馬など、

幕末に活躍した人ばかりでした。

 

 

 

 

 

御朱印をいただきました。

 

 

 

帰りの渋滞を避けるため軽井沢で時間をつぶそうかと思案してましたが、

少し遊び疲れていました。

暑さで体力を奪われていたのかもしれません。

 

渋滞情報をチェックすると、上信越自動車道の渋滞は全く無しで、

関越自動車道の花園から東松山まで渋滞でした。

帰るなら今だなと思い、軽井沢をやめて高速に乗りました。

判断は正しかったと思います、16時に現地を出発しましたが、

早めに実家まで帰って来れました。

これで信州旅行はおしまいです。