信州旅行2日目は、神々の宿る戸隠神社へ向かいます。
神話の時代から聖地として知られた戸隠神社は、平安時代、
学問行者によって修験道の霊場として開かれました。
開山当初は、神仏が習合した神仏涅槃の「戸隠山顕光寺」と称し、
比叡山や高野山と並ぶ仏教の一大聖地でした。
江戸時代に入ると徳川将軍家から手厚い庇護を受け、
寛永寺末寺として寺格も上がったようです。
また一般市民も参拝が許され、多くの宿坊が整えられました。
明治時代に入ると、明治政府の神仏分離令や廃仏毀釈により
顕光寺は廃寺となり、戸隠神社として現在に至っています。
渋温泉から来たので、奥社から参拝となりました。
大鳥居から奥社まで、参道を約40分ほど歩きます。
本来は宝光社からの参拝ですが、今回は完全に逆コースになりました。
大鳥居から奥社まで約2km、標高差約150mの道のりです。
暑いので、水分持参で歩きました。
参道の中間地点にある、「随神門」へ着きました。
茅葺の大きな山門です。
随神門をくぐると、500mにわたり杉並木が続きます。
江戸時代に植えられたので、樹齢400年は経つでしょうか。
木々の間に、かつてあった本院十二坊の名残を見ることが出来ます。
しめ縄のかけられた巨木もありました。
ここまで比較的緩い坂道でしたが、このあと数十m石段が続きます。
石段を登り切れば奥社なので、頑張りどころですね。
戸隠神社御本社の奥社に着きました。
御祭神は、天手力雄命(あめのたじからおのみこと)です。
神仏習合の時代は、「奥院」と呼ばれていました。
社殿の背後に、戸隠山の頂を見ることができます。
社殿の背後に、戸隠三十三窟の本窟・宝窟があるようですが、
内部を見ることはできません。
奥社から少し下がった位置に鎮座する、九頭龍社です。
戸隠神社五社の中で最古といわれ、もともと地元の神が祀られていました。
御祭神は、九頭龍大神(くずりゅうのおおかみ)です。
社殿の背後に、龍窟があるとされてます。
御朱印をいただきました。
青空が広がっていましたが、急に雲が現れて雨が降ってきました。
山の天気は急変するので仕方ないですね。
少ししたらピタッと止んで、ほんの一瞬で良かったです。
往復2時間かけて、大鳥居まで戻ってきました。
鳥居脇の茶屋で、韃靼そば茶のソフトクリームを食べましたが、
暑い中の参拝だったので殊の外美味しかったですね。
奥社から、車で5分ほどの中社へ来ました。
中社の大鳥居です。
大鳥居を囲むように三本杉が立っていますが、
そのうちの一本が鳥居をくぐった先にある「い」の杉です。
残りの二本「ロ」の杉と「ハ」の杉は、大鳥居の外に立っています。
石段を登っていきます。
神仏習合の時代は「中院」だった、中社の社殿です。
天井絵の龍が素晴らしかったですよ。
御祭神は、天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)です。
さざれ滝
御朱印をいただきました。
コスモスが咲いていました。
戸隠は、すでに秋なんですね。
と思ったら、夏の花のツユクサが咲いていました。
中社から車で3分ほどの、火之御子社へ来ました。
3台分の駐車場しかないので、停められてラッキーです。
戸隠神社五社の中で唯一、神仏習合の時代でも神社でした。
御祭神は、天鈿女命(あめのうずめのみこと)です。
火之御子社には社務所が無いので、宝光社へ移動しました。
270段ある心臓破りの石段を、頑張って登っていきます。
高齢の母は、迷わず女坂を登っていきました。
神仏習合時代は「宝光院」だった宝光社です。
社殿は五社の中で一番古く、江戸時代末期に建てられました。
特徴は、神仏習合時代の面影を残す、寺社建築様式を取り入れた
奥行きの深い権現造です。
境内から中社まで、神道が続いています。
火之御子社まで徒歩15分、中社までは徒歩20分ほどだそうですよ。
神輿庫に、2基の神輿が展示されていました。
御朱印をいただきました。
ようやく五社巡りが終わり、少し疲れました。
ですが、それ以上に神聖なパワーを頂いた気持ちでいっぱいです。
このあとは、この日の宿である宿坊へ向かいます。
つづきます。






































