奈良2日目は、法隆寺からスタートです。
法隆寺は、飛鳥時代の様式を伝える世界最古の木造建築があり、
また日本で最初の世界遺産になったところですね。
用明天皇の遺志を継いで、推古天皇と聖徳太子が607年に創建されました。
壮大なロマンを感じますが、ボクの頭の中では、
「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」
と詠んだ正岡子規の俳句がグルグルと渦巻いていました。
国宝の南大門です。
1438年、室町時代に再建された門だそうです。
両脇に子院の築地塀が連なる長い参道を歩いていきます。
残念ながら正面に見える中門は、修理工事中でした。
飛鳥時代の建造物なので、見たかったですね。

東西に連なる参道を右へ行くと、法隆寺の東院伽藍があります。

中門から東西に回廊が始まり、四方を囲んだ中に飛鳥時代の伽藍が建つ
西院伽藍へとやってきました。
飛鳥時代建立の国内最古の五重塔です。
塔の中心には、東京スカイツリーにも採用された心柱が建っていますが、
それを見る事はできません。
その代わり、四面解放された扉から内陣の塑像群を見れました。、
北面の、お釈迦様が涅槃される様子の塑像が印象的でしたよ。
お寺のスタッフさんが、写真を交えながら法隆寺の縁起を説明してくれました。
法隆寺の「柱」に注目してください。
真ん中が著しく膨らんでいますね。
これは、ギリシャのパルテノン神殿のエンタシス柱を模したものだそうです。
いつ、どうやってギリシャから伝わったのかと、参拝客の方が質問されてました。
スタッフさんは、「わかりません」と即答・・・(苦笑)。
謎のままですが、飛鳥様式の特徴の一つなのでしょう。
五重塔や金堂の高欄にみられる「卍崩し」も、飛鳥時代の特徴だそうです。
990年、平安時代に再建された大講堂(国宝)です。
バランスの取れた、美しい伽藍ですね。
平安時代建立の鐘楼です。
大講堂の基壇部から見た、金堂、中門、五重塔です。
飛鳥時代建立の金堂は、建てられたのが五重塔より少し古いそうですよ。
内部には、聖徳太子や用明天皇・皇后のために造られた仏像群が安置され、
また国内最古の四天王像が立っていました。
鐘楼とシンメトリーに建つ経蔵です。
奈良時代建立の経蔵は、いわゆる寺の図書室ですね。
回廊。
聖霊院は、僧侶の住居「東室」南端部を鎌倉時代に一部改修した建物で、
聖徳太子像を安置しています。
左の建物は奈良時代建立の東室、右の建物は平安時代建立の妻室です。
どちらも、僧侶が生活していた住居だそうです。
それにしても、新緑が眩しかったですよ。
モミジも赤い花を咲かせていたり、松も新しい芽が出ていたり、
カタツムリを久しぶりに見つけました。
拝観コースから外れ、西院伽藍の西の外れまでやってきました。
左側に子院の築地塀が続いています。
これから行くのは、正面に見える西円堂です。
こちらは、国宝の三経院。
西円堂の下まで歩いてきました。
八角の建物は国宝ですが、そこへ向かう石段も重要文化財と、
いずれも歴史的に重要な建造物なんですね。
下に見える瓦屋根の長い建造物は、国宝の西室です。
東室と同様、僧侶の生活する住居ですね。
拝観コースへ戻り、平成に入って建てられた百済観音堂へ来ました。
観音堂を中心に、東西に宝蔵が建っています。
1400年続く法隆寺の貴重な宝物を見る事が出来る施設です。
鎌倉時代に建てられた細殿、奥にあるのは奈良時代に建てられた食堂です。
この一画に、平安時代の宝物庫である綱封蔵が建っていました。
菖蒲が咲いていましたよ。
東西参道を東に歩き、東大門をくぐりました。
西院伽藍を後にして、これから東院伽藍へ向かいます。
法隆寺の境内は、広く見ごたえがありますね。
御朱印をいただきました。
「以和為貴」
和を以って貴しと為す(わをもってとうとしとなす)
聖徳太子が作ったとされる「十七条憲法」の第一条に出てくる言葉です。
法隆寺西円堂ご本尊の薬師如来坐像が「峰の薬師」と呼ばれるため、
「峰薬師如来」の御朱印がいただけます。


























