
松陰神社前駅を過ぎ、住宅街へ入ってきました。
といっても世田谷線は、住宅街の中を突っ切ているのですが。

世田谷駅です。
区役所や、国士舘大学への最寄駅ですね。

おっ!ひょうたん。
これから大きくなるのか、みんなサイズは5センチほどです。
だけど、小さいうちから瓢箪の形なんですね。

途中駅で、唯一駅舎のあった上町駅です。

上町駅から少し歩いたところにある、世田谷城址公園へ来ました。
室町時代~戦国時代にかけて、奥州吉良氏の居城だったところです。
吉良氏の本姓は源氏で、足利氏一門です。
三河国が発祥で、三河吉良氏が本家、奥州吉良氏が分家でした。
ちなみに、江戸時代中期に起きた赤穂事件の吉良上野介は、
三河吉良氏つまり本家筋の方です。

どうみても公園ですが、郭と呼ばれる曲輪跡だそうです。

掘割が残っていました。
豊臣秀吉の小田原攻めで、世田谷城は接収され廃城になります。
江戸時代になると、奥州吉良氏は高家として取り立てられました。

豪徳寺の境内も、もとは世田谷城だったようですね。

豪徳寺へ来ました。
といっても、ここはまだ参道入口です。

山門です。
曹洞宗の禅寺である豪徳寺は、もとは弘徳院と称していました。
弘徳院は、世田谷城主の吉良政忠が1480年に創建した禅寺です。
1633年、彦根藩主の井伊直孝が菩提寺として伽藍を整備しますが、
豪徳寺の寺号は直孝の戒名からきています。

山門からのアプローチは、禅寺らしい落ち着いた雰囲気です。

ずいぶん立派な三重塔だなと思っていたら、
建立されて7~8年しか経っていないそうです。
建立までの過程を、ボランティアガイドさんが熱心に教えてくれました。
山形の宮大工さんが5年かかって建てられたそうです。

軒下には、招き猫の姿が。
ここ豪徳寺は、招き猫発祥の地といわれています。

1677年建立の仏殿です。
釈迦如来像を中心に、全部で5体の木仏像が安置されています。

本堂です。

こちらは、庫裏でしょうか。
立派な建物ですね。

鈴なりについている檜葉(ひば)の実・・・、面白い形ですね。

鐘楼にある梵鐘は、1679年の作だとか。

可愛らしい絵馬ですね。

招猫観音を祀る、招猫殿です。

そして招猫殿の脇には、招き猫の奉納所があります。


ひこにゃんのモデルとなった、招き猫がいっぱい。

上から見ても壮観です。

弥勒菩薩も、ため息出そうなくらいの数ですね。
これだけの招き猫を、一度に見たのは初めてです。
いやあ圧巻ですね。

右手を挙げただけのシンプルな猫ですが、可愛いですよね。
良いものを見させていただきました。

境内の一画に、彦根藩主・井伊家墓所があります。

全体図を見ただけでも広い墓所です。
ここに、2代、6代、9代、10代、13代、14代当主のお墓と
正室など一族のお墓があります。
ちなみに井伊家墓所は、全国に三ヶ所あります。
彦根市の清涼寺に歴代藩主7人と一族のお墓が、
東近江市の永源寺に4代藩主・井伊直興と一族のお墓があります。

桜田門外の変で暗殺された、井伊直弼のお墓です。
13代当主(彦根15代藩主)でした。

御朱印をいただきました。

我が家にも、招き猫を迎えました。

豪徳寺でかなりの時間を費やしてしまい、
宮の坂駅に着いた時は17時になろうとしてました。
これから、少し急ぎ足でゴールを目指そうと思います。

駅前に、江ノ電600形が保存されていました。
東急玉川線・世田谷線を経て江ノ電に譲渡された車両ですが、
1990年に全廃された後、ここに保存されたそうです。

小田急「豪徳寺駅」と交差する場所にある、山下駅です。

山下駅の次は、松原駅になります。
ちょうど世田谷線が停車してますが、車両がヨーロッパ風ですね。

マンションの外壁がシュールです。
たぶん何かのお店だと思うのですが・・・。

豪徳寺で招き猫を見た御利益でしょうか、ネコに遭いました。
世田谷線沿線は、犬ばかりという定説が崩れた瞬間でもあります。

唯一、花とともに撮れた写真です。

ずいぶんカラフルなアパートですね。
世田谷線の車両の色を真似てるのかな。

ようやくゴールの下高井戸駅に着きました。
時計を見ると、17時35分です。
渋谷駅ハチ公前が13時5分だったので、4時間30分の道のりでした。
駅前の喫茶店で休憩したあと、京王線~地下鉄と乗り継ぎ帰宅しましたが、
結局家に着いたのは19時20分頃でした。
【東急世田谷線ウォーク】
自宅~渋谷~三軒茶屋~下高井戸~自宅
歩数 約27000歩
距離 約13.7キロ
