東山区 三十三間堂(さんじゅうさんげんどう)

 



正式名称は蓮華王院本堂(れんげおういんほんどう)といいます。
同じ京都市東山区にある天台宗妙法院の境外仏堂です。

妙法院は青蓮院、三千院とともに「天台三門跡」と並び称されてきた名門寺院ですが
三十三間堂の方が一般的には有名でしょうね。

元々後白河上皇が離宮として建てた広大な法住寺殿の一画に建てられたのが
蓮華王院本堂(三十三間堂)です。


1165年に完成したと言われていますが
その当時は五重塔なども建つ本格的な寺院だったそうです。
後に火災で焼失した後、(1266年)に本堂のみが再建されたのが現存する「三十三間堂」です。

三十三間堂は洛中にある建物の中では大報恩寺本堂(千本釈迦堂)に次いで古く
洛中で鎌倉時代にまで遡る建物はこの2棟のみで
もちろん国宝です。

実際の長さが118.2メートルもあり木造建築としては世界一の長さになります。
当時の京都には他にも大きな木造建築物がありましたが
地震や火災で紛失してしまいました。
三十三間堂が無事だったのは落雷する程、高くないうえに
再建時に当時の職人たちが知恵を絞って考えた
免震工法が取られているからです。

 


しかし何と言っても三十三間堂が有名なのは堂内に千体を超える仏像が並んでいる事でしょう。
まず堂の中に入ると立っているのが風神像。
そこから木造二十八部衆立像が前面横一列に並んで立ち
出口近くにあるのが雷神像。
日本における風神、雷神の彫像としては三十三間堂の像が最古になります。

堂内中央に安置され3mもあり他の仏像よりひときわ大きいのが「中尊(ちゅうそん)」と呼ばれる
鎌倉時代の仏師湛慶作の本尊「千手観音坐像」です。
その左右と背後に計1,001体の千手観音立像が安置されています。


実は今年2018年から仏像の位置が変更されています。
昨年までは入り口近くには雷神像がありましたが
今は風神像と入れ替わり以前と逆になっています。
その他にも千手観音坐像の周囲の毘沙門天を梵天に換える等、変更されました。

これは80年程前に行われた本堂の修理の際、移動されたのを
鎌倉時代の版画など古記録の研究に基づいて創建時と同じと思われる配置に戻し
より創建当時の状態に近づけたからです。

並んでいる仏像のうち本尊千手観音坐像、風神像、雷神像、二十八部衆立像の計31体が国宝に指定されていて
それだけでも圧巻ですが重文だった1001体の千手観音立像の修理が完了したことを受け
今年2018年、1001体全部が国宝として答申されました。
そうなると堂内全ての仏像が国宝となります。
もう凄いとしか言いようがないですね。


しかし1001体もあると修理も大変で45年かけて2017年(平成29年)12月に全1001体の修理が完了したそうです。
しかもこれからも維持管理の為、年に15体ほどずつ京都の「美術院国宝修理所」という所で修理保存され
50年ほどのサイクルで1000体の修理がひとめぐりし、それで終わりではなく古くなったものをまた修理するという繰り返しです。


また境内の南側には
築地塀(太閤塀)と南大門があります。
これらはどちらも豊臣秀吉によって造られました。
南大門は後に秀頼によって再建されたと言われていますが
それぞれ重要文化財に指定されています。

ただ堂内の仏像があまりにも圧巻な為
あまりここには観光客がいません。


そして三十三間堂で行われる行事で有名なのは正月恒例の「通し矢」でしょうね。
新成人による通し矢は1951年から行われ三十三間堂の冬の伝統行事となっています。
ただ誰でも参加出来る訳ではなく
出場資格は「開催年度に新成人となる者で
全日本弓道連盟会員で初段以上を有している者」及び「称号者」(錬士・教士・範士)です。
それでも全国から約2000名もの若者が集まります。

約60m先にある直径1mの的を狙う
振り袖や袴姿の新成人はよくテレビでもニュースに取り上げられますので
ご存じでしょう。

以前は1月15日だった成人の日に行われていましたが
ハッピーマンデーになってからは1月15日に近い日曜日になりました。
この日は無料拝観されるので例年たくさんの人が訪れます。