左京区 下鴨神社(しもがもじんじゃ)

 

 

 

 

正式には賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)といいますが
ともに賀茂氏の氏神を祀る神社である上賀茂神社(賀茂別雷神社 かもわけいかづちじんじゃ)
に対して下鴨神社と呼ばれるようになりました。

この2つを合わせて賀茂神社(賀茂社)と総称されますが
元々は賀茂氏の氏神を祀る「賀茂社」と言う1つの神社でした。
しかし、神社や氏子の持つ力が大きくなり過ぎ
統制が困難になってきたため
文武天皇の時代(西暦700年ごろ)に南北2つの神社に分割されてしまいました。
こうして賀茂社が南北に分割されたことで北の神社を上賀茂神社、
南の神社を下鴨神社と呼ぶようになります。

上賀茂神社には賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)という神様が祀られており、
下鴨神社にはその祖父である賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)と
お母様である玉依媛命(たまよりひめのみこと)が祀られています。
ただこの2つの神社はどちらかの方が格式が高いといった序列のようなものはありませんが
今は下鴨神社が『賀茂御祖神社』と言われる通り親社になっていているので、
勅使が参拝する時は、まず下鴨神社に行きその後に上賀茂神社に向かいます。
また昔から両社を著すときには「賀茂下上二社」とし必ず下上と記述するのが慣例です。

 



下鴨神社の歴史は古く、その起源は神話の時代まで遡ります。
紀元前90年(崇神天皇7年に神社の瑞垣(みずがき)の修造がおこなわれたという記録が残っていて、
それ以前の古い時代に建立されたとも伝わっています。
平安時代には都の守り神として、また皇室の氏神さまとして特別の信仰を受け、
源氏物語や枕草子などにも登場するなど、古来より信仰や文化の中心にあった由緒正しき神社で
格式も伊勢神宮に次ぐ京都最古の神社です。

上賀茂神社と下鴨神社で「かも」の字が違うのは
元々最初はどちらの神社も「鴨」の文字を使っていたそうですが、
西暦726年頃、北の神社の方に縁起の良い言葉である「賀茂」という文字をあてて、
2つの神社を区別したそうです。

この神社が有名なのは両社で催す京都三大祭りの一つ「葵祭」があるからでしょうが
これも正式には賀茂祭といいます。
神社に入る手前の東側に奈良の小川があり、
ここは賀茂祭の斎王代が禊ぎの儀式のときに使われるところです。
テレビでお馴染みですね。


参道に入れば直ちにたくさんの木立に囲まれますが
これが糺の森(ただすのもり)と呼ばれる所で市内に残っている珍しい原生林です。

この中にある馬場で毎年5月3日に「流鏑馬(やぶさめ)神事・平騎射」が行われます。
これもよくテレビでも放映されるのでご覧になったことがあると思います。
またここでは葵祭の前の儀である「流鏑馬神事」が執り行われます。

下鴨神社には境内に御手洗川という川が流れています。
上賀茂神社にも同じ名前の川がありますが、違う水源の別の川です。
この井戸から湧き出る水の泡を模って作られた和菓子が「みたらし団子」で、
ここが「みたらし団子」の発祥の地と言われています。