私とロックとの出会い

エドガー・ウィンター(Edgar Winter)


アメリカのミュージシャン

エドガーの兄が「100万ドルのギタリスト」の異名を持つ
ジョニー・ウィンター(Johnny Winter)なのは有名ですが
エドガーは主にキーボードを主に演奏します。
また二人ともアルビノです(いわゆる白子)

最初、兄ジョニーのレコーディングに参加することで活動を開始し、
その後、1970年に「エントランス( Entrance)」でデビュー。

ジョニーはブルース主体の音楽性ですが
このアルバムでエドガーはジャズやR&B等、多彩な音楽性を聴かせてくれます。


彼が有名になったのは
1972年にロニー・モントローズ Ronnie Montrose(ギター)、ダン・ハートマン Dan Hartman(ベース)、
チャック・ラフ(ドラムス)と共にエドガー・ウィンター・グループを結成し
後にメンバーに加わるリックデリンジャー Rick Derringerをプロデュースに迎え制作した
1973年発表のの「ゼイ・オンリー・カッム・アウト・アット・ナイト(They Only Come Out at Night)」からです。

このアルバムから「フランケンシュタイン(Frankenstein)」が
インスト曲としては珍しく全米1位となり
一躍一般的にも注目されます。





その後ギターの腕前もさることながらルックスも良く
既に人気ギタリストとしての地位を固めていた
リックデリンジャーがメンバーとして加入した事で
バンドは更にパワーアップし
1974年に発表したのが「恐怖のショック療法(Shock Treatment)」です。

このアルバムはバンドの最高傑作というだけでなく
70年代アメリカンロックの名盤として
現在では高い評価を誇っていますが
当時のチャートでは10位にも入らず
決してそれほど高い評価ではありませんでした。


またエドガー・ウィンター・グループと自身の名を冠したバンド名ながら
11曲中エドガーの曲は3曲だけで、エドガーとダンの共作が1曲、
残りの7曲はダン・ハートマンが作っています。

このようにアルバムの半数以上をダンが作ったのは
彼が優れた作曲能力を持っていたためで
後にソロになってからも
1984年のアメリカ映画「ストリート・オブ・ファイヤー」の挿入歌
「あなたを夢見てI Can Dream About You」が全米6位になる等
ヒットを飛ばしました。

ただそれ以外の曲は主にチャート入りするのがダンスミュージック系だったため
一般の音楽ファンの間での知名度はそれ程高くありません。

更に1994年にHIV感染が原因の脳腫瘍によって44歳という若さで亡くなります。
その際に始めてダンがゲイだった事が明らかにされました。
彼は自分がゲイだという事を気にしていたらしく
そのためか優れたミュージシャンだったにも関わらず
あまり表面には出ようとしなかったのかも知れません。


「恐怖のショック療法」が名盤となったのはエドガーのマルチプレーヤーとしての実力、
ダンの作曲能力、リックのギタリストとしての才能並びにプロデュースが合わさったからでしょう。
「Sundown 」を聴けば、それが良く分かりますね。





しかしエドガー・ウィンター・グループ名で発表されたのは前記の2作だけで
続く1975年発表の 「ジャスミンの香りと夜の夢(Jasmine Nightdreams)」は
バンドのメンバーが参加しているにも関わらず何故かエドガー・ウィンター名義です。

ややこしいのは翌年1975年に発表されたアルバムが
「謎の発光物体(「エドガー・ウィンター・グループ・ウィズ・リック・デリンジャー
(The Edgar Winter Group with Rick Derringer)」

邦題はジャケット写真そのまんまの印象
しかし表にはタイトルが書かれていない!
大体リック・デリンジャーは元々バンドのメンバーなのに
わざわざウィズ・リック・デリンジャーなんて書かなくてもいいはず。
売るためにルックスが良くアイドル的な人気があったリックの名を前面に出したいのなら
ジャケット前面に載せればいいのに。
不思議です。





このアルバムは内容的には決して悪くない出来ですが
まとまり過ぎて、あまり勢いを感じませんね。
その辺りの事もあってかセールス的にはあまり良くありませんでした。

結局このアルバムを最後にメンバーそれぞれがソロ活動を始め
また皆それなりに成功を収めたため
バンドとしての活動は終了してしまいます。