私とロックとの出会い
クリエイション(Creation)
日本のロックバンド。
ブルースをベースにしたロックバンドの「ブルース・クリエイション」が前身バンドです。
「ブルース・クリエイション」は日本初のブルースロックバンドといわれ
アルバムも何枚か発表するだけでなく、カルメン・マキとコラボしてステージに立ったりと
徐々に活動を広げていきました。
当時日本の音楽シーンの中心だったグループ・サウンズ(GS)に飽き足らず
本格的なロックを聴きたい人々のなかで
一部に熱狂的なファンを作りましたが
ロック黎明期の日本では一般的には受け入れられる事もなく
バンドは解散してしまいます。
そこでギターの竹田和夫は、更にハードロック色の濃いバンドを目指し
「クリエイション(Creation)」を結成しました。
そうして1975年発表されたデビューアルバムが「クリエイション」です。
全裸の男の子達が並んで「立ち小便」をしている
このジャケットは衝撃的でしたね。
もし女の子だったら間違いなく即発禁でしょう(笑)
内容的には、当時世界的にも、まだ珍しいツインリードギターでした。
どことなくやはりツインリードで有名な
ウイッシュボーンアッシュ(Wishbone Ash)に似たギターフレーズですね。
しかしまだブルース色が濃い曲も含まれ、それ程ハードなロックではありません。
ただ日本のバンドながら全曲英語で歌っているのは
同時期に活躍したフラワー・トラベリン・バンドと同様です。
このアルバムは四人囃子の「一触即発」
フラワ-トラベリンバンドの「SATARI」
ミカバンドの「黒船」と並び
70年代日本ロック黎明期の名盤として
現在でも高い評価を誇っています。
その後、バンドは世界的なハードロックバンド
「マウンテン (Mountain)」の
初来日(1973年)公演でクリエイションが前座をつとめた事から
驚くべき展開となりました。
それは、マウンテンのベーシスト兼ヴォーカリストで
クリームのプロデュースをした事もある
あのフェリックス・パパラルディ(Felix Pappalrdi)が
日本公演後クリエイションに加入したことです。
パパラルディは特にギタリストの竹田和夫を気に入り
世界でも指折りのギタリストだと絶賛していました。
そうして1976年に2ndアルバム「CREATION with FELIX PAPPALARDI」発表します。
このアルバムはパパラルディの知名度もあって
アメリカとカナダでもA&M レコードから「FELIX PAPPALARDI & CREATION 」
として発表されました。
しかし音楽的には前作からはかなり趣が変わり
むしろパパラルディのソロアルバムの様です。
ヴォーカルも全曲パパラルディが歌っており
竹田和夫はギターに専念しています。
ただ前作でのクリエイションの良さが全く消えていて
口の悪い評論家達からは出来の悪いマウンテンという
散々な評判でした。
それでもバンドは、このアルバムを引っさげNew YorkやLos Angeles等、全米20カ所を
「Felix Pappalardi & CREATION」としてツアーで廻りますが、
それ程話題にはなりませんでした。
パパラルディは、日本のバンドを率いることで
再度音楽シーンで注目を集めたかった様ですが
失敗したと言えるでしょう。
しかしヘタなバンドと一緒に演るわけなく
パパラルディが日本のロックバンドの実力を
高く評価していたのも事実です。
その後、竹田和夫は、あまりにも自分たちの演りたい音楽から
かけ離れた反省からパパラルディとは別れ
再び元のメンバーのみでアルバムを制作することになりました。
そうして1976年に発表した3rdアルバムが「ピュア・エレクトリック・ソウル(Pure Electric Soul)」です。
世界を経験したことで余裕と自信が出来たせいか
ファンキーな要素も加わり伸び伸びとした演奏になっています。
このアルバムに収録されているの「スピニング・トゥ・ホールド (spinning toe hold)」が
当時人気があったプロレスラーでドリー・ファンク・ジュニアとテリー・ファンクの
「ファンクス」のテーマソングとしてテレビで流されたため
一般にも知られるようになりました。
その後、バンドはアメリカ西海岸を意識した音作りになるなど
色々模索していましたが
そんな彼らを更に有名にしたのが
1981年 日本テレビ系藤竜也 草刈正雄主演「プロハンター」の主題歌に
「ロンリー・ハート(LONELY HEART)」が使われ大ヒットしたことでしょう。
少し前からヴォーカルにGSの元ザ・カーナビーツのアイ高野が加わり話題になっていた事も
人気に拍車をかけました。
アイ高野といえばカーナビーツ時代、ヒット曲「好きさ好きさ好きさ」で
ドラムセットから立ち上がり「おまえのすべて~」と絶叫して
当時の女の子をキャーキャー叫ばしていましたから(笑)
でも一般の音楽ファンにとってクリエイション=ロンリー・ハートで
他の曲は知らないという人が殆どでしょう。
その後ヒットは続かず竹田和夫も当時流行していたフュージョンに
傾倒していった事もあり
バンドは解散し竹田和夫は渡米します。
しばらく日本での活動は限定的でしたが
最近、クリエイションを再結成してくれて
相変わらず素晴らしいギターを聴かせてくれています。
クリエイションは、竹田和夫のバンドといってよいくらいでした。
初期の頃はツインリードと言われていましたが
もう一人のギタリスト・飯島義昭との力量差は歴然で
ヒット曲「スピニング・トゥ・ホールド」で後半部分での
ギターの掛け合いを聴けば、ハッキリ分かります。
竹田和夫は前述のフェリックス・パパラルディからも
世界で5本の指に入るギタリストと言われたように
当時の世界レベルでみても
有数のギタリストでした。
「竹田’Flush'和夫」というニックネームが付いたのも
頷けますね。
クリエイション(Creation)
日本のロックバンド。
ブルースをベースにしたロックバンドの「ブルース・クリエイション」が前身バンドです。
「ブルース・クリエイション」は日本初のブルースロックバンドといわれ
アルバムも何枚か発表するだけでなく、カルメン・マキとコラボしてステージに立ったりと
徐々に活動を広げていきました。
当時日本の音楽シーンの中心だったグループ・サウンズ(GS)に飽き足らず
本格的なロックを聴きたい人々のなかで
一部に熱狂的なファンを作りましたが
ロック黎明期の日本では一般的には受け入れられる事もなく
バンドは解散してしまいます。
そこでギターの竹田和夫は、更にハードロック色の濃いバンドを目指し
「クリエイション(Creation)」を結成しました。
そうして1975年発表されたデビューアルバムが「クリエイション」です。
全裸の男の子達が並んで「立ち小便」をしている
このジャケットは衝撃的でしたね。
もし女の子だったら間違いなく即発禁でしょう(笑)
内容的には、当時世界的にも、まだ珍しいツインリードギターでした。
どことなくやはりツインリードで有名な
ウイッシュボーンアッシュ(Wishbone Ash)に似たギターフレーズですね。
しかしまだブルース色が濃い曲も含まれ、それ程ハードなロックではありません。
ただ日本のバンドながら全曲英語で歌っているのは
同時期に活躍したフラワー・トラベリン・バンドと同様です。
このアルバムは四人囃子の「一触即発」
フラワ-トラベリンバンドの「SATARI」
ミカバンドの「黒船」と並び
70年代日本ロック黎明期の名盤として
現在でも高い評価を誇っています。
その後、バンドは世界的なハードロックバンド
「マウンテン (Mountain)」の
初来日(1973年)公演でクリエイションが前座をつとめた事から
驚くべき展開となりました。
それは、マウンテンのベーシスト兼ヴォーカリストで
クリームのプロデュースをした事もある
あのフェリックス・パパラルディ(Felix Pappalrdi)が
日本公演後クリエイションに加入したことです。
パパラルディは特にギタリストの竹田和夫を気に入り
世界でも指折りのギタリストだと絶賛していました。
そうして1976年に2ndアルバム「CREATION with FELIX PAPPALARDI」発表します。
このアルバムはパパラルディの知名度もあって
アメリカとカナダでもA&M レコードから「FELIX PAPPALARDI & CREATION 」
として発表されました。
しかし音楽的には前作からはかなり趣が変わり
むしろパパラルディのソロアルバムの様です。
ヴォーカルも全曲パパラルディが歌っており
竹田和夫はギターに専念しています。
ただ前作でのクリエイションの良さが全く消えていて
口の悪い評論家達からは出来の悪いマウンテンという
散々な評判でした。
それでもバンドは、このアルバムを引っさげNew YorkやLos Angeles等、全米20カ所を
「Felix Pappalardi & CREATION」としてツアーで廻りますが、
それ程話題にはなりませんでした。
パパラルディは、日本のバンドを率いることで
再度音楽シーンで注目を集めたかった様ですが
失敗したと言えるでしょう。
しかしヘタなバンドと一緒に演るわけなく
パパラルディが日本のロックバンドの実力を
高く評価していたのも事実です。
その後、竹田和夫は、あまりにも自分たちの演りたい音楽から
かけ離れた反省からパパラルディとは別れ
再び元のメンバーのみでアルバムを制作することになりました。
そうして1976年に発表した3rdアルバムが「ピュア・エレクトリック・ソウル(Pure Electric Soul)」です。
世界を経験したことで余裕と自信が出来たせいか
ファンキーな要素も加わり伸び伸びとした演奏になっています。
このアルバムに収録されているの「スピニング・トゥ・ホールド (spinning toe hold)」が
当時人気があったプロレスラーでドリー・ファンク・ジュニアとテリー・ファンクの
「ファンクス」のテーマソングとしてテレビで流されたため
一般にも知られるようになりました。
その後、バンドはアメリカ西海岸を意識した音作りになるなど
色々模索していましたが
そんな彼らを更に有名にしたのが
1981年 日本テレビ系藤竜也 草刈正雄主演「プロハンター」の主題歌に
「ロンリー・ハート(LONELY HEART)」が使われ大ヒットしたことでしょう。
少し前からヴォーカルにGSの元ザ・カーナビーツのアイ高野が加わり話題になっていた事も
人気に拍車をかけました。
アイ高野といえばカーナビーツ時代、ヒット曲「好きさ好きさ好きさ」で
ドラムセットから立ち上がり「おまえのすべて~」と絶叫して
当時の女の子をキャーキャー叫ばしていましたから(笑)
でも一般の音楽ファンにとってクリエイション=ロンリー・ハートで
他の曲は知らないという人が殆どでしょう。
その後ヒットは続かず竹田和夫も当時流行していたフュージョンに
傾倒していった事もあり
バンドは解散し竹田和夫は渡米します。
しばらく日本での活動は限定的でしたが
最近、クリエイションを再結成してくれて
相変わらず素晴らしいギターを聴かせてくれています。
クリエイションは、竹田和夫のバンドといってよいくらいでした。
初期の頃はツインリードと言われていましたが
もう一人のギタリスト・飯島義昭との力量差は歴然で
ヒット曲「スピニング・トゥ・ホールド」で後半部分での
ギターの掛け合いを聴けば、ハッキリ分かります。
竹田和夫は前述のフェリックス・パパラルディからも
世界で5本の指に入るギタリストと言われたように
当時の世界レベルでみても
有数のギタリストでした。
「竹田’Flush'和夫」というニックネームが付いたのも
頷けますね。