私とロックとの出会い
アース・アンド・ファイアー(Earth & Fire)
オランダで結成されたポップロックグループ
1970年に発表された最初のシングル「シーズン(Seasons)」が
オランダのチャートで2位、ベルギーで4位のヒットとなり
ポップビートバンドとして人気が出ました。
この曲は当時日本の洋楽番組でも結構流されていたので
聴いた事がある人も少なくないと思います。
オランダのバンドでは「ショッキング・ブルー(Shocking Blue )」が
ヴィーナス(Venus)でアメリカのビルボードチャートの第1位を獲得するなどして
世界的なヒットを飛ばしたため有名ですが
アース・アンド・ファイアーはオランダ国内では続けてヒットを飛ばすものの
アメリカ、イギリスのチャートでは振るわず
そのためか日本でも殆ど知られていません。
余談ですがヴィーナスは日本でも色々な歌手によってカバーされましたが
今では演歌歌手になった長山洋子もアイドル時代に歌っていました(笑)
その後、世界的なプログレッシブ・ロックブームのせいか
アース・アンド・ファイアーも突然プログレバンドに変身し(笑)
1971年に「アムステルダムの少年兵(Song of the Marching Children)」
1973年に「アトランティス(Atlantis)」
というプログレのアルバムを発表しました。
このアルバムは
プログレの神器メロトロンや女性ヴォーカル、レコード片面を使った大曲、泣きのギター等
プログレの条件を満たしているので一部のファンの支持は集めましたが
元々ビートバンドだったせいか
「ドラマチックさに欠ける」「
演奏がテクニカルではない」等の理由で
プログレファンの間でも評価は分かれます。
また一般の知名度は全くと言っていい程ありません。
その後は彼らもプログレブームの終わりに合わせ
元のポップバンドに戻ります。
当時日本ではアメリカ、イギリス以外の国ではフランスのみ
「愛の休日(Holidays)」のミッシェル・ポルナレフ(Michel Polnareff)
「夢みるシャンソン人形(Poupee de cire)のフランス・ギャル(France Gall)
「アイドルを探せ(La plus belle pour aller danser)」シルヴィ・ヴァルタン (Sylvie Vartan)
のヒットがあったため一時フレンチポップスとして流行りましたが
それ以外のヨーロッパの国の情報は入ってきませんでした。
そのためかアース・アンド・ファイアーは
1979年にシングル「ウィークエンド(Weekend)」で
オランダだけでなくスイス、ドイツ、デンマーク、ポルトガルで1位を獲得する程
ヨーロッパで大ヒットとなりましたが
この曲は日本では発売されなかったため話題にはなりませんでした。
彼らは自国オランダではショッキング・ブルー以上の
人気を誇りましたが
最後まで世界的な評価は得られませんでした。
今ではアース・アンド・ファイアーといっても日本では殆ど誰も知らず
「宇宙のファンタジー(Fantasy)」のヒットを飛ばし
日本でも有名なアース・ウィンド&ファイアー(Earth, Wind & Fire)
と間違えられます(笑)
アース・アンド・ファイアー(Earth & Fire)
オランダで結成されたポップロックグループ
1970年に発表された最初のシングル「シーズン(Seasons)」が
オランダのチャートで2位、ベルギーで4位のヒットとなり
ポップビートバンドとして人気が出ました。
この曲は当時日本の洋楽番組でも結構流されていたので
聴いた事がある人も少なくないと思います。
オランダのバンドでは「ショッキング・ブルー(Shocking Blue )」が
ヴィーナス(Venus)でアメリカのビルボードチャートの第1位を獲得するなどして
世界的なヒットを飛ばしたため有名ですが
アース・アンド・ファイアーはオランダ国内では続けてヒットを飛ばすものの
アメリカ、イギリスのチャートでは振るわず
そのためか日本でも殆ど知られていません。
余談ですがヴィーナスは日本でも色々な歌手によってカバーされましたが
今では演歌歌手になった長山洋子もアイドル時代に歌っていました(笑)
その後、世界的なプログレッシブ・ロックブームのせいか
アース・アンド・ファイアーも突然プログレバンドに変身し(笑)
1971年に「アムステルダムの少年兵(Song of the Marching Children)」
1973年に「アトランティス(Atlantis)」
というプログレのアルバムを発表しました。
このアルバムは
プログレの神器メロトロンや女性ヴォーカル、レコード片面を使った大曲、泣きのギター等
プログレの条件を満たしているので一部のファンの支持は集めましたが
元々ビートバンドだったせいか
「ドラマチックさに欠ける」「
演奏がテクニカルではない」等の理由で
プログレファンの間でも評価は分かれます。
また一般の知名度は全くと言っていい程ありません。
その後は彼らもプログレブームの終わりに合わせ
元のポップバンドに戻ります。
当時日本ではアメリカ、イギリス以外の国ではフランスのみ
「愛の休日(Holidays)」のミッシェル・ポルナレフ(Michel Polnareff)
「夢みるシャンソン人形(Poupee de cire)のフランス・ギャル(France Gall)
「アイドルを探せ(La plus belle pour aller danser)」シルヴィ・ヴァルタン (Sylvie Vartan)
のヒットがあったため一時フレンチポップスとして流行りましたが
それ以外のヨーロッパの国の情報は入ってきませんでした。
そのためかアース・アンド・ファイアーは
1979年にシングル「ウィークエンド(Weekend)」で
オランダだけでなくスイス、ドイツ、デンマーク、ポルトガルで1位を獲得する程
ヨーロッパで大ヒットとなりましたが
この曲は日本では発売されなかったため話題にはなりませんでした。
彼らは自国オランダではショッキング・ブルー以上の
人気を誇りましたが
最後まで世界的な評価は得られませんでした。
今ではアース・アンド・ファイアーといっても日本では殆ど誰も知らず
「宇宙のファンタジー(Fantasy)」のヒットを飛ばし
日本でも有名なアース・ウィンド&ファイアー(Earth, Wind & Fire)
と間違えられます(笑)