私とロックとの出会い
フォリナー (Foreigner)
1977年にアメリカでデビューしたロック・バンド。
イギリス人とアメリカ人が混在するバンドのため
「フォリナー」と名付けられたのは有名です。
6人のメンバーそれぞれが豊富なキャリアを持っていたため
デビュー時には、スーパーバンド誕生か!と騒がれました。
プログレファンが驚いたのは
あのイアン・マクドナルド(Ian McDonald)が参加したことです。
イアンはプログレに留まらずロック史に残る傑作アルバム
「クリムゾン・キングの宮殿」を作ったメンバーで
プログレファンなら知らない人はいないでしょう。
そうした注目の中1977年に発表されたデビューアルバム「栄光の旅立ち Foreigner」は
いきなり全米4位の大ヒットとなります。
ジャケットは、地味な印象を受けますが
乗りの良いハードロックが満載で
シングルも
「衝撃のファースト・タイム(Feels Like The First Time)」(全米4位)
「つめたいお前(Cold As Ice)」(全米6位)
「ロング、ロング・ウェイ・フロム・ホーム(Long, Long Way From Home)」(全米20位)
の大ヒットを生み
アルバム自身も500万枚を記録するなど
いきなり大成功を収めました。
1978年に発表された2ndアルバム「ダブル・ヴィジョン Double Vision 」は
1000万枚を売り上げ全米3位となり
シングルも「ホット・ブラッディッド(Hot Blooded)」(全米3位)
「ダブル・ヴィジョン(Double Vision)」(全米2位)
となる前作以上の大ヒットとなり
バンドはビッグネームに成長しました。
1979年の3rdアルバム「 ヘッド・ゲームス (Head Games)」も
全米5位を記録しますが300万枚の売り上げに終わり
前2作ほどのヒットにはなりませんでした。
それでも十分凄いことです。
ただこのアルバムを最後に
イアン・マクドナルド,アル・グリーンウッドの2人が脱退し4人組になってしまいます。
しかしファンをガッカリさせたのもつかの間で
1981年発表の4thアルバム『4』から最初のシングルカット「アージェント(Urgent)」が
全米4位となります。
この曲は前作延長線上の乗りの良いハードロックでしたが
続いてのシングルはロックバラードの
「ガール・ライク・ユー (Waiting for a Girl like You)」
この曲はオリビア・ニュートン=ジョンのシングル「フィジカル」
ダリル・ホール&ジョン・オーツの「アイ・キャント・ゴー・フォー・ザット」
という2曲に阻まれ1位にはなれませんでしたが
10週連続全米2位という大ヒットとなり、
バンドの代表曲となりました。
アルバム自身も1500万枚の大ヒットとなり、ビルボード・アルバムチャートで10週連続1位を記録し
彼らの最高傑作と呼ばれるだけでなく
ロック史に残るアルバムとなりました。
初期三部作での硬派なハードロック路線から
売れ線狙いの商業主義路線に変更したことによって
デビュー時からのファン離れを起こしたのも事実ですが
それを遙かに超えるファンの獲得に成功しました。
そのため良くも悪くも商業主義ロックバンドの代表のように言われることになりました。
ベスト盤の後、1984年に発表された5thアルバム
「プロヴォカトゥール 煽動 Agent Provocateur」 でしたが
前作があまりにも大ヒットしたため
霞んでしまいました。
売り上げこそ前作に及びませんが
アルバムは、イギリスで最初で唯一1位を獲得し、アメリカでは4位を記録。
シングルでも「アイ・ウォナ・ノウ (I Want to Know What Love Is) 」は、
全英、全米で1位を獲得します。
あれ程沢山のヒットを飛ばした彼らですが
1位を獲得したのは、この曲だけなのが意外ですね。
しかし次のアルバム「インサイド・インフォメーション Inside Information」あたりから
メンバー間での音楽性の違いが浮き彫りになってきて
バンドは解散状態に成りましたが
現在もメンバーを替えながら
活動は続けています。
しかしかつてのような華々しい活躍は得られていません。
フォリナー (Foreigner)
1977年にアメリカでデビューしたロック・バンド。
イギリス人とアメリカ人が混在するバンドのため
「フォリナー」と名付けられたのは有名です。
6人のメンバーそれぞれが豊富なキャリアを持っていたため
デビュー時には、スーパーバンド誕生か!と騒がれました。
プログレファンが驚いたのは
あのイアン・マクドナルド(Ian McDonald)が参加したことです。
イアンはプログレに留まらずロック史に残る傑作アルバム
「クリムゾン・キングの宮殿」を作ったメンバーで
プログレファンなら知らない人はいないでしょう。
そうした注目の中1977年に発表されたデビューアルバム「栄光の旅立ち Foreigner」は
いきなり全米4位の大ヒットとなります。
ジャケットは、地味な印象を受けますが
乗りの良いハードロックが満載で
シングルも
「衝撃のファースト・タイム(Feels Like The First Time)」(全米4位)
「つめたいお前(Cold As Ice)」(全米6位)
「ロング、ロング・ウェイ・フロム・ホーム(Long, Long Way From Home)」(全米20位)
の大ヒットを生み
アルバム自身も500万枚を記録するなど
いきなり大成功を収めました。
1978年に発表された2ndアルバム「ダブル・ヴィジョン Double Vision 」は
1000万枚を売り上げ全米3位となり
シングルも「ホット・ブラッディッド(Hot Blooded)」(全米3位)
「ダブル・ヴィジョン(Double Vision)」(全米2位)
となる前作以上の大ヒットとなり
バンドはビッグネームに成長しました。
1979年の3rdアルバム「 ヘッド・ゲームス (Head Games)」も
全米5位を記録しますが300万枚の売り上げに終わり
前2作ほどのヒットにはなりませんでした。
それでも十分凄いことです。
ただこのアルバムを最後に
イアン・マクドナルド,アル・グリーンウッドの2人が脱退し4人組になってしまいます。
しかしファンをガッカリさせたのもつかの間で
1981年発表の4thアルバム『4』から最初のシングルカット「アージェント(Urgent)」が
全米4位となります。
この曲は前作延長線上の乗りの良いハードロックでしたが
続いてのシングルはロックバラードの
「ガール・ライク・ユー (Waiting for a Girl like You)」
この曲はオリビア・ニュートン=ジョンのシングル「フィジカル」
ダリル・ホール&ジョン・オーツの「アイ・キャント・ゴー・フォー・ザット」
という2曲に阻まれ1位にはなれませんでしたが
10週連続全米2位という大ヒットとなり、
バンドの代表曲となりました。
アルバム自身も1500万枚の大ヒットとなり、ビルボード・アルバムチャートで10週連続1位を記録し
彼らの最高傑作と呼ばれるだけでなく
ロック史に残るアルバムとなりました。
初期三部作での硬派なハードロック路線から
売れ線狙いの商業主義路線に変更したことによって
デビュー時からのファン離れを起こしたのも事実ですが
それを遙かに超えるファンの獲得に成功しました。
そのため良くも悪くも商業主義ロックバンドの代表のように言われることになりました。
ベスト盤の後、1984年に発表された5thアルバム
「プロヴォカトゥール 煽動 Agent Provocateur」 でしたが
前作があまりにも大ヒットしたため
霞んでしまいました。
売り上げこそ前作に及びませんが
アルバムは、イギリスで最初で唯一1位を獲得し、アメリカでは4位を記録。
シングルでも「アイ・ウォナ・ノウ (I Want to Know What Love Is) 」は、
全英、全米で1位を獲得します。
あれ程沢山のヒットを飛ばした彼らですが
1位を獲得したのは、この曲だけなのが意外ですね。
しかし次のアルバム「インサイド・インフォメーション Inside Information」あたりから
メンバー間での音楽性の違いが浮き彫りになってきて
バンドは解散状態に成りましたが
現在もメンバーを替えながら
活動は続けています。
しかしかつてのような華々しい活躍は得られていません。