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引用。


1992年 10月17日 ルイジアナ州 バトンルージュ AFS を通じて留学していた


愛知県立旭丘高等学校 3年生の、


服部剛丈(はっとり よしひろ、1975年 11月22日 生まれ、当時16歳)が、


寄宿先のホストブラザーとともにハロウィン のパーティに出かけた。


しかし、訪問しようとした家と間違えて別の家を訪問したため、


家人ロドニー・ピアーズ(当時30歳)から侵入者と判断されて


スミス&ウェッソン 社製の.44マグナム (機種は不明)を突きつけられ、


「フリーズ(Freeze「動くな」の意)」と警告された。


しかし、服部は[1] 「パーティに来たんです」と


説明しながらピアーズの方に微笑みながら進んだため[2]


玄関先、ピアーズから約2.5mの距離で発砲され、


出血多量により死亡した


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私も、


銃規制の署名活動に、明け暮れた毎日でした。


なぜなら、私の次男は、同じ「AFS」で、ドイツ留学を終えたばかりでした。


愛知県と、我が岐阜県はお隣。


そんな、事で、・・・


凄い衝撃を受け、・・・


未だに、引きずっております。


・・・


だからさぁ~・・・


ハロウィンと、聞くと、ウキウキできない、・・・


私が、いる。


訳です。


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