徳地の深谷地区に行った時の事です。ヽ(*´∀`*)ノ
って場所がわかりませんよね。σ( ̄∇ ̄;)
山口県民なら知っている方も多いと思いますが重源の里がある場所ですね~*。・+(人*´∀`)+・。*
なので自然豊かな場所ですよ~(人´ з`*)♪

そこでみつけたのがこちらの鳥居と立派な石垣(*゜ロ゜)

行き方がわかりませんでしたが、そこは直感でなんとか発見しました。.゚+.(・∀・)゚+.゚
途中で手水鉢がありましたが、こちらは民家の跡に残った手水鉢なのか?それとも参道にあった手水鉢なのかわかりませんでした。σ(´・ε・`*)ウーン

ようやく鳥居が見えて来ましたが鳥居はこちらを向いていませんね(*´ー`*)

これから考えると昔の参道は前の川に橋が架かり、棚田の一部が道となっていたのでしょうね。( ´~`)
ちなみにこちらの鳥居の建立時期は天明三年(1783年)です(゜∇^d)!!

天明の大飢饉の時ですね~(-""-;)
額束には河内宮とあります。(‐人‐)パンパン

鳥居の脇にはこの凄い石垣の奉納者のお名前がありましたヽ(*´∀`*)ノ

境内にあがると壊れた石燈籠がσ(´・ε・`*)

こちらが河内神社です(*^ー^)ノ


御祭神は罔象女神(みすはめのかみ)で、創建は不明です。
周防二宮の出雲神社の末社となります。(‐人‐)パンパン
昔は脇参道もあったのでしょうか?
社殿の脇に鳥居の跡がありました(*´ー`*)


こちらも天明年間に建立されていました。(‐人‐)パンパン
こちらには倒れた手水鉢が!(|| ゜Д゜)

境内は綺麗にされていますが、高齢化のためか石材は倒れたままの状態でした(。・´_`・。)

どうもお騒がせしました(‐人‐)パンパン
帰り際に再度石垣を見てみると

石燈籠の笠が落ちていました。(*´ー`*)
昔は徳地和紙を作るための水神様としてこちらの集落の方々から信仰の対象となっていたのでしょうね。.゚+.(・∀・)゚+.゚