常安寺さんの前にある案内板

来巻降松神社!((゚□゚;))
ここは知りませんでしたよ(゜ロ゜;ノ)ノ

何も考えず早速行ってみました。ε=ε=(ノ≧∇≦)ノ


こちらですねぇ~(((o(*゚∀゚*)o)))

お!

鳥居がはっきり見えて来ましたよ~o(*゚∀゚*)oワクワク

来巻降松神社で間違いないですね~(*゚▽゚)ノ


鳥居の建立時期は文政二年(1819年)です(゜∇^d)!!
でも………三月を八月に彫り直した跡が見えますね( *´艸`)
間に合わなかったのかな?( ´~`)



額束には何もありませんでした。( ω-、)

石燈籠が並んでいますが
建立時期が書いてあるのは一番奥の石燈籠だけでした。σ(´・ε・`*)
(ちなみに明治三十四年建立でした。.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.)


参道には石段寄附の石碑と手水鉢がありました。o(^o^)o

綺麗な舟形の手水鉢ですね~*。・+(人*´∀`)+・。*
建立時期は慶應二年(1866年)です。(゜∇^d)!!
この手水鉢には謂れがあります。

この手水鉢が奉納される二年前、元治元年(1864年)に起こった禁門の変
長州は多くの戦死者を出しました。(´;ω;`)

その中に旧庄屋の木村家の次男木村嘉六さんがいました。(ノ_・、)

来巻では優秀勇敢で通っていた嘉六さんの死は来巻村に大きなショックを与えました。(|||´Д`)

この空気を察した神成さんが庄屋の宮田さんに相談しこの手水鉢を奉納したそうです。(‐人‐)ナムナム

拝殿が見えて来ましたよ~o(*゚∀゚*)oワクワク
では!
参拝です(‐人‐)パンパン


拝殿内には平成15年に行われた創建450年記念祭の寄附者の名簿が飾られていました。(*^▽^*)
こちらには「降松神社 嶽の宮」とありますねσ(´・ε・`*)

そういえば私の資料には「里宮」とありますねf(^ー^;

拝殿~弊殿~御本殿の建物も綺麗ですね~*。・+(人*´∀`)+・。*

資料には文政二年の建立とありますが………

この状態から考えると建物の中に御本殿が入っているのかなぁ~( ´~`)

おっと!
買い物の途中でした急いで轟天号に戻らないとε=ε=┏(;・_・)┛