昭和四十五年の地図を頼りにたどり着いた八坂神社です(゜∇^d)!!

西松室という小さな集落ですが昔はかなり賑わっていたことがこの神社からもわかります。*。・+(人*´∀`)+・。*
あ!一ノ鳥居の建立時期は文化八年(1811年)です(゜∇^d)!!
(ちなみに後ろに見える二ノ鳥居も同時期に建立されていました。.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.)


鳥居の脇にはそれぞれ一対づつ狛犬様がおられました。.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.


阿形

珠を口に咥えお鼻がつぶれていてなんとも可愛らしいです*。・+(人*´∀`)+・。*



吽形
こちらもお鼻がつぶれていますがこちらには怖さを感じますね。(´゚ω゚`)

建立時期は明治36年です(゜∇^d)!!



二ノ鳥居の脇の狛犬様は?o(*゚∀゚*)oワクワク


阿形
お顔がかなり見づらいです。(´・ω・`; )


吽形

こちらも見えづらいですが奥目の八っちゃんみたいで個人的には好きです。
(奥目の八っちゃんを知らない人にはわからない表現で申し訳ございません。(^.^)(-.-)(__)ペコリ)

こちらの建立時期は安政二年です(゜∇^d)!!


この前年から太平洋側で大地震が四度起こり数万人の方がお亡くなりになった年です。(T^T)ウルウル


さぁ!
気分を変えて二ノ鳥居を見てみましょう。o(*゚∀゚*)oワクワク
こちらの額束には一ノ鳥居にはなかった八坂神社の文字が見てとれます。.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.
この二つの鳥居は何故同時期にしかもこの近い位置にあるのか?σ(´・ε・`*)


私が過去の歴史から想像したのは、川向かいにあった東松室の八坂神社とこちらの八坂神社が明治明治四十年に合祀されここに祀られた時、ここに東松室の鳥居を持って来られたのではないかと思いました。ヽ(´▽`)/


では参拝しましょう。ε=ε=(ノ≧∇≦)ノ
屋根は傾いていますが、立派拝殿ですね*。・+(人*´∀`)+・。*
では、(‐人‐)パンパン

で……………由緒沿革の説明板はキョロo(・ω・= ・ω・)oキョロ



ありません(ヾノ・∀・`)

図書館などで調べてみましたよ~( v^-゜)♪



八坂神社

祭神 須佐之男大神(スサノオノオオカミ)

戦国時代の天文年間(1532~55年)、私の住む山口県には大内氏、隣の島根県には月山富田城の尼子氏がいて毛利元就さんはまだ広島の片田舎にいる小規模の領主の時代です。
村内で疫病が大流行し、村民の七割近くがバタバタと倒れ亡くなってしまいました。((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
村人はこの疫病を退治しようと京都祇園神社に詣で、祈願した所遂にこの悪疫を退散させる事が出来ました。.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.
村人はこの神恩に感謝し、この村を護ってもらうためにその分霊を勧請し現在地の後方(現在の菅野ダムの底辺りかな?)に社殿を作り奉祀しました。
ところが!
宝暦年間(1751~64年)に山崩れがあり御神体が下流の西松室に漂着しここに社殿を再建します。そして対岸の東松室には神幣(御幣)が流れ着いたのでこちらにも社殿を再建し祀りました。
この二つに分かられた神社も明治四十年に西松室の八坂神社へ合祀されました。.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.

社殿の脇には「弊帛(へいはく)供進記念」の石碑がありました。.+:。 ヾ(◎´∀`◎)ノ 。:+.
こちらは村社になるのですね。(*⌒∇⌒*)

確か境内には稲荷神社があるはずなのですが?σ(´・ε・`*)


ん(  -_・)?

ま、まさか((゚□゚;))!

冗談でしょ((((;゜Д゜)))

岩のてっぺんにヽ(;゚;Д;゚;; )ギャァァァ

きっとどこかに階段があって……………


へっ((゚□゚;))!




本気ですか?o(T△T=T△T)o




このロープで登って参拝しろと!((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
今回は諦めましょう。( ̄~ ̄;)



マイナスイオンをたっぷり浴びて、次の集落を目指します。ε=ε=(ノ≧∇≦)ノ