こちらの広い境内では昔から夏祭りで、ある風習がありました。

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それは、お祭の夜の参拝者で賑わう人混みの中で、娘さんのお尻をそっとひねる風習で、ひねられた娘さんは早くお嫁さんにいけたそうです。

この風習は明治・大正まで行われ、昭和になりすたれてしまいました。(´▽`;)ゞ

そのため浮島神社は別称「ひねきり明神」と言われていました。(人´ з`*)♪


おっと!
脱線失礼あせる


今回は浮島神社の由緒と御本殿を中心に書こうと思います。♪ヽ(´▽`)/


まずは拝殿から幣殿そして御本殿を見ながら参拝。(‐人‐)パンパン

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見事な扁額ですね~(///ω///)♪

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こちらが御本殿です(*^ー^)ノ♪

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それでは由緒沿革を

「主祭神 一杵島姫命(いちきしまひめのみこと) 多紀理比売命(たきりひめのみこと) 多岐津姫命(たぎつひめのみこと)

配祀神 素戔嗚命(すさのおのみこと)

社伝では江戸時代の元禄六年(1693年)安芸の国(広島県)厳島神社から勧請されたと伝えられています。
しかし、「寺社由来」(江戸時代に長州藩で書かれた書物)では「川添真宮大明神」と称し、元禄十六年(1703年)に勧請とあります。
(どっちにしても古いのは間違いないですね。σ( ̄∇ ̄;))
明治四年(1871年)に浮島神社と改称し翌年御根帳入りとなりました。♪ヽ(´▽`)/」
(山口縣神社誌より)
(御根帳とは、藩が(この時は既に県ですが)神社のとして纏めた台帳です。)


御本殿の両脇にも石燈籠がありました。(゜∇^d)!!

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建立時期は寛政四年(1792年)です。♪ヽ(´▽`)/




そして拝殿の脇には力石?( ・◇・)?

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説明板がありました。♪ヽ(´▽`)/

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ほう!
江良碧松(えらへきしょう)さんの句がありました。♪ヽ(´▽`)/
そういえば麻郷のお隣辺りにある高松八幡宮にもありますね。(゜∇^d)!!
(今度行ってみなければ。p(*^-^*)q)

種田山頭火さんは有名ですが、久保白船(クボハクセン)さんはお隣平生町の佐合島のお方です。

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こちらが力石と句碑です。(゜∇^d)!!
(この時、翌日平生町の歴史民俗資料館で久保白船さんを見るとは、この時思いませんでした。(´▽`;)ゞ)

そして摂社として荒神社がありました。(人´ з`*)♪

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神社の境内の端に立ち景色を見ると思います。

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やはりここは島だったんだなぁ~(///ω///)♪