長かった菅原社の散策も今回で一旦終わりにします。(´▽`;)ゞ
(いつかまた行こうと考えております)




神社脇にも注連縄柱がありました。(゜∇^d)!!

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こちらの建立時期は明治十五年

この日はとても寒く、昼間だというのに手水鉢には氷が張ってました!((+_+))

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建立時期は元禄十六年(1703年)です(゜∇^d)!!

その向いには句碑がありました。.゚+.(・∀・)゚+.゚

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世にかほる千代の栄へや御門菊
陸軍砲兵村松利己北清の役より
凱旋するを迎えて     母安子

明治三十四年仲夏建立



お!この道の先にも何か見えますε=ε=(ノ≧∇≦)ノワーイ









お!
こちらにも注連縄柱がありますね~(///ω///)♪

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こちらの建立時期は明治三十七年

そして狛犬様

阿形

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吽形

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建立時期は明治二十二年でした~♪ヽ(´▽`)/
表情が柔い狛犬様でした~(〃´ω`〃)


そして神社に戻る途中にはこのような石柱が

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なんでしょう( ・◇・)?
よく見ると馬場を奉納した時の寄付碑でした。(*⌒∇⌒*)


御本殿を裏から

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立派な御本殿ですね(///ω///)♪
(帰宅後「山口縣神社誌」で調べてみると流破風造という造りだそうです。(´▽`;)ゞ)


ありゃ!

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壊れた石燈籠や玉垣でしょうか!( ̄□ ̄;)!!


そして御本殿脇には石祠がありました

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こちらは荒神社でした(‐人‐)パンパン



この辺りは島だったのですね~( ̄~ ̄;)

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今では普通に平地となっていますが………………( ̄~ ̄;)
そして道真公はこちらで休まれて次はどこで休んだのでしょうね。σ( ̄∇ ̄;)

何だか調べてみたくなりますね。(゜∇^d)!!




追記
帰宅後、先程の「山口縣神社誌」で色々と調べてみたところ

観音堂の祭神は十一面観音尊像で、境内内の古い石造物は元禄時代(今から約300年前)の物があるそうです。
影光石の石燈籠一対(元禄十一年(1698年))


いつかまた行ってこちらを探したいと思います。(゜∇^d)!!
(すでに写真に写っているかもしれませんが、まずは自分の目で確認したいです(*^ー^))