いよいよ待望の境内です。(゜∇^d)!!
まず、注連縄柱がありました。
そして手水鉢
やはり梅の紋がありますね~♪ヽ(´▽`)/
そして御百度石
そして由緒書
ガラスのため上手く撮れません。σ( ̄∇ ̄;)
なので、私なりの由緒書
(結構いい加減なのでごめんなさいねm(_ _)m)
平安時代の延喜元年(901年)
藤原時平におとしいれられた菅原道真さんは太宰府に流された(´・ω・`)/~~
その時、柳井水道を柳井ー余田ー唐戸迫門(からとのせと)から波野府の中嶋に船を繋がれました。
そこからは多くの小島が見え(やっぱり小島があったんですね)、さらに多く人々が働く活気溢れる漁村があり、また風光明媚な場所でもありました。
道真公は長旅の疲れを癒し、太宰府までの平安を祈ったそうです。
その時沢の辺りから一斉に雁の群れが飛び去って行き、それを見た道真公は一句詠まれたそうですが、残念ながら下の句が誰も覚えていない!(≧口≦)
「こかれよる波野府の浦にいる雁の………………」
その先が知りたい!(´;ω;`)
おっと、また脱線失礼
そして道真公は太宰府で延喜三年(903年)この世を去ります。
そこで寛弘(1004年ぐらい?)の頃、道真公が休憩された地中嶋に聖廊を創建して、菅公の御本地仏の十一面観音像を安置したのが始りだそうです。(゜∇^d)!!
鎌倉時代には巡拝路の「五社の天神」が整備されたそうです。(o^O^o)
端折り過ぎてごめんなさいm(_ _)m
注連縄柱の先には石桶があります。
そして拝殿前の石燈籠にもやはり梅の紋があります。(゜∇^d)!!
みるの忘れました。σ( ̄∇ ̄;)
そしてこちらの御拝殿で
随神もちゃんとおられます。(人´ з`*)♪
立派な籠ですね~(///ω///)♪
木鼻も
阿形
阿吽なんですね~♪ヽ(´▽`)/
こちらの神社はまだまだ色々あるのでもう少し続きます。σ( ̄∇ ̄;)
昨日の回答です(*^ー^)ノ
この石燈籠は
こちらの石燈籠は
でした。(゜∇^d)!!
まず、注連縄柱がありました。

そして手水鉢

やはり梅の紋がありますね~♪ヽ(´▽`)/

そして御百度石

そして由緒書

ガラスのため上手く撮れません。σ( ̄∇ ̄;)
なので、私なりの由緒書
(結構いい加減なのでごめんなさいねm(_ _)m)
平安時代の延喜元年(901年)
藤原時平におとしいれられた菅原道真さんは太宰府に流された(´・ω・`)/~~
その時、柳井水道を柳井ー余田ー唐戸迫門(からとのせと)から波野府の中嶋に船を繋がれました。
そこからは多くの小島が見え(やっぱり小島があったんですね)、さらに多く人々が働く活気溢れる漁村があり、また風光明媚な場所でもありました。
道真公は長旅の疲れを癒し、太宰府までの平安を祈ったそうです。
その時沢の辺りから一斉に雁の群れが飛び去って行き、それを見た道真公は一句詠まれたそうですが、残念ながら下の句が誰も覚えていない!(≧口≦)
「こかれよる波野府の浦にいる雁の………………」
その先が知りたい!(´;ω;`)
おっと、また脱線失礼
そして道真公は太宰府で延喜三年(903年)この世を去ります。
そこで寛弘(1004年ぐらい?)の頃、道真公が休憩された地中嶋に聖廊を創建して、菅公の御本地仏の十一面観音像を安置したのが始りだそうです。(゜∇^d)!!
鎌倉時代には巡拝路の「五社の天神」が整備されたそうです。(o^O^o)
端折り過ぎてごめんなさいm(_ _)m
注連縄柱の先には石桶があります。

そして拝殿前の石燈籠にもやはり梅の紋があります。(゜∇^d)!!

みるの忘れました。σ( ̄∇ ̄;)
そしてこちらの御拝殿で

随神もちゃんとおられます。(人´ з`*)♪

立派な籠ですね~(///ω///)♪

木鼻も
阿形


阿吽なんですね~♪ヽ(´▽`)/
こちらの神社はまだまだ色々あるのでもう少し続きます。σ( ̄∇ ̄;)
昨日の回答です(*^ー^)ノ
この石燈籠は


こちらの石燈籠は


でした。(゜∇^d)!!