いよいよ待望の境内です。(゜∇^d)!!

まず、注連縄柱がありました。

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建立時期は明治三十七年

そして手水鉢

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やはり梅の紋がありますね~♪ヽ(´▽`)/

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建立時期は嘉永六年(1853年)


そして御百度石

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こちらの建立時期は(嘉永六年)


そして由緒書

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ここには田布施天満宮とあります。( ̄~ ̄;)

ガラスのため上手く撮れません。σ( ̄∇ ̄;)


なので、私なりの由緒書
(結構いい加減なのでごめんなさいねm(_ _)m)

平安時代の延喜元年(901年)
藤原時平におとしいれられた菅原道真さんは太宰府に流された(´・ω・`)/~~

その時、柳井水道を柳井ー余田ー唐戸迫門(からとのせと)から波野府の中嶋に船を繋がれました。

そこからは多くの小島が見え(やっぱり小島があったんですね)、さらに多く人々が働く活気溢れる漁村があり、また風光明媚な場所でもありました。

道真公は長旅の疲れを癒し、太宰府までの平安を祈ったそうです。

その時沢の辺りから一斉に雁の群れが飛び去って行き、それを見た道真公は一句詠まれたそうですが、残念ながら下の句が誰も覚えていない!(≧口≦)

「こかれよる波野府の浦にいる雁の………………」

その先が知りたい!(´;ω;`)
おっと、また脱線失礼あせる

そして道真公は太宰府で延喜三年(903年)この世を去ります。

そこで寛弘(1004年ぐらい?)の頃、道真公が休憩された地中嶋に聖廊を創建して、菅公の御本地仏の十一面観音像を安置したのが始りだそうです。(゜∇^d)!!

鎌倉時代には巡拝路の「五社の天神」が整備されたそうです。(o^O^o)



端折り過ぎてごめんなさいm(_ _)m



注連縄柱の先には石桶があります。

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建立時期は…………また嘉永六年(1853年)


そして拝殿前の石燈籠にもやはり梅の紋があります。(゜∇^d)!!

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建立時期は………………

みるの忘れました。σ( ̄∇ ̄;)

そしてこちらの御拝殿で

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参拝しました。(‐人‐)パンパン


随神もちゃんとおられます。(人´ з`*)♪

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立派な籠ですね~(///ω///)♪

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昔は軒下にあり、壊れてしまったので、作り直しここに納められているそうです。σ( ̄∇ ̄;)

木鼻も
阿形

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吽形

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阿吽なんですね~♪ヽ(´▽`)/


こちらの神社はまだまだ色々あるのでもう少し続きます。σ( ̄∇ ̄;)





昨日の回答です(*^ー^)ノ

この石燈籠は

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天明七年建立


こちらの石燈籠は

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大正六年建立

でした。(゜∇^d)!!